There is always....
クリスマスに浮き足立った英国に襲来した寒波は、大雪を降らせた為、探偵はサセックスで足止めを食らうことになったのだった。
幸いにして、依頼者の親戚が駅帳場近くで宿屋を経営していたため、寝床に困る事はなかった。
だが。
「…参ったな…」
探偵は冷たいベッドに潜り込みながら、ため息混じりに呟いた。
蜀台の灯りは頼りなく、時折吹く隙間風に、ゆらゆら揺れている。
今日はクリスマス・イヴだった。
今頃ベーカー街の下宿では、電報を読んだ親友がため息をついている頃だろうか。
仕方がないね、風邪だけは気をつけて。
そんな親友の声も、ここには届かない。
夕食も終えると、もうする事がない。
探偵は、自分の手帳を取り出して、事件の邂逅を始めようとしたが、指先は冷たく、手帳を持つ手も悴んでしまう。
あの、下宿の暖炉が恋しい。
暖炉と、夫人の淹れる紅茶と、親友の笑顔と。
なかなか興味深い事件であったのに、それを聞かせる相手が居ないとは、こんなにも淋しいものだとは思わなかった。
だが今回は仕方がない。
何せ、親友の職業は医師なのだ。
この最も病魔が流行りだすときに、ロンドンから優秀な医師を連れ出すわけにもいかない。
だが、それでも。
幼い頃から、クリスマスに楽しい思い出などなかった。
義務的に繰り返される行事の違和感に、探偵は幼いながらも、その能力で気付いてしまったのだ。
それ以来、クリスマスは義務感で参加する行事となった。
それが純粋に楽しめるようになったのは、親友のお陰であった。
彼の気配りや、夫人の心づくしに、ほんのりと、この行事の意味を悟るようになったのだ。
慈愛。好む言葉ではなかったが、その意味を心から理解できたのも、親友のお陰だ。
それなのに、今年はどうだ。
冷たいベッドで一人きりで過ごすクリスマスは久しぶりで。
昔はそれが普通であったのに。
明日には汽車は動くはずだ。
そうすれば、あの下宿に戻り、親友が出迎えてくれる筈。
「大変だったね、ホームズ。さあ、一日遅れのクリスマスをはじめよう!」と。
ふと、手帳の今日の日付に見覚えのない筆跡があった。
なんだろうと探偵はそこに視線を投げる。
あ。
探偵は驚きの余りに、その筆跡を凝視していた。
それは、この悪筆は、探偵の親友のものであった。
いつの間に書き記したのか、まったく気がつかなかったが、その一文が心に染み入るような気がした。
「僕も」探偵は毛布を被り、呟いてみる。「僕も、君と共に居るよ、ワトスン君」
『Merry X'ms My dear Holmes.There is always me with you 』
2010.12.24
不良保育士コウ