すれ違う,心

 三日間絶食状態だった同居人が、流血して帰宅した。
 悲鳴をあげる下宿の夫人に、お湯とタオルを持ってくるように頼むと、医師は同居人である探偵を二階の居間へと連れて行った。
「何故、先に病院に行かない」
 血液が染み出し、スーツの肩口を赤黒く染めている。
 上着を脱がそうとしたが、彼の顔色を見て、医者は布をナイフで切り裂き、傷跡を洗った。
 低い声を漏らす探偵に、辛いのかと視線を投げたが、どうやら彼は笑っているようだった。
「何が、おかしい」
 処置する手を止めずに、医師は尋ねる。刃物による傷は、少し深めであった。
 こんな傷を負うなど…医師は固い表情を益々歪める。
「真剣な表情だな、ワトスン君」探偵は、疲れたような声だったが「まるで、医者のようだな」
 笑っていた。
「揶揄な」医師が鋭く告げる。「ヤードと一緒だったのだろう。何故、彼らは君を病院へ連れて行かなかった」
「僕には主治医がいるからね」
「…その主治医を置いていたのは、君だろう」
 やはり、声が棘を含む。
 今回の事件は、医師は関与を止められていた。
 珍しいことではない。そう、医師は自分を納得させる術を持ってる。
 しかし。
「私も行くべきだった」医師は言った。「君は自分の身の安全に無頓着すぎる。役立たずの私だが、君の盾ぐらいには、なれただろう」
「…だから、置いていったんだ」
 ぽつりと探偵が呟いた。
 それは、医師であり親友である彼には届かぬほど、小さな、小さな呟きで。




2010.6.22
2011.1.29加筆、再掲載
不良保育士コウ




※初めて書いたホムワト