祈る理由
バスカビル家の若き当主の抱いた恋心は愛に変わり、あの少し夢多き当主は幸せに満ちている事だろう。
「結果的には、ハッピーエンドだった」とボズウェルは楽しそうであった。
やはり、どんな凄惨な事件が続いたとしても、最後に俗物的なラブロマンスがあれば、大衆はより喜ぶらしい。
そんな一般大衆の好みで事件は展開するもではないが、図らずともそんな結果になったこの事件は、大作になるだろうと、ワトスンは熱心にメモをとっている。
とんだラブロマンスだ。
「私は、気持ちが分かるんだよ」
メモをとっていたワトスンが、手帳を閉じながら言った。
「今回は、私一人だったからね」
「実際に君はこの地にいたわけだが、それを知る由もない私は、その重責に潰されそうになったよ…君が早くこの地に来てくれることを毎晩願ってね…まるで、恋する少女のように、毎晩、星に願ったさ」
悪戯っぽく笑う彼に、探偵は一瞬だけ息を呑む。
「そんな子どもじみた事までさせてしまったとは、ね」
答えながらも、探偵は口元だけで小さく笑っていた。
君だけじゃない、僕もなんだ。
君が僕の隣にいない事で、君に何かありやしないか。
勇敢な君が、若き当主の盾となり、命を落としやしないか。
無事を星へ願ったわけではないが、それでも、その漆黒の空に浮かぶ星を見上げ、君が無茶をしない事を祈ってはいたよ。
「まったく、君はどうにもロマンチストでいけないよ」
そう、探偵は嘯く。
自分も祈っていたという事実は、告げるはずもなく。
2011.10.2