同居人が体調を崩しました
※ガイ映画のノリです
探偵が、風邪をひいた。
そりゃあ、探偵だって人間だ。常人を逸した才能を持ちえても、彼の肉体は人間のそれ。
変調を来たす時もあれば、病に伏せるときもある。
それなのに。と、同居する医師は嘆息する。
この探偵は人に弱みを晒すのを事の他嫌がる傾向がある。
些細な変調であれば、巧みに隠し遂せてしまうのだ。
つまり、だ。医師が気づいた頃には、かの探偵は、自力で動き回ることも困難な有様であった。
それなのに、だ。
「これぐらい、どうってこともないさ、ワトスン君」
いつもの飄々とした口調で言われ、思わず鉄拳を食らわせるのは、医師としてではなく、友人としてだ。
普段なら難なく避ける医師の鉄拳をまともに喰らったのは、やはり不調であるからに他ならない。
「酷い医者だな…君は…」
「なら、何故初期症状の段階で、私に訴えない」
ベッドに運び、舌をひっぱりだして、喉の奥をみる。
診察にしてはかなりの乱暴さであったが、寄せる眉間の皺に、探偵はえへらと笑って見せた。
「真剣な表情の君は、まさに軍医だな…おっと、もう鉄拳はよしてくれ。幾ら僕でも、ベッド上で避ける術はないよ」
「だまれ、ホームズ」
ステートで胸の音を聴く。喉に手をあてる、耳下、後頭部。
触診をされながら、探偵は息を小さく吐くと「君は優しい」と歌うように言った。
「はあ?」
この場にそぐわないと思われる言葉に、医師は呆れたような声を出す。
少なくとも、病人だというのに鉄拳を喰らわせる医師に言う言葉ではない。
「ふふ…今の僕はおかしいんだよ、ワトスン君」
「ああ、そのようだな」
「だから、言わせてくれ」探偵は、その大きな目を細めて言った。「僕は君が好ましい…その勇敢で健全なる肉体に宿る、美しい魂と、誠実なる態度と忠誠心と…そして僕たちの友情と…ああ、僕が女性であったなら、僕は君の妻の座につき、一生、君を振り回せる伴侶となれるのに」
「ゾッとするな」
「だから、マイクロフトに頼もう…!同性でも婚姻できる法律を成立させるよう…!」
「わかった、わかった。今から薬を調達してくるから、大人しく寝ていろ」
医師が布団をかけなおしてやると、
「ダーリン、ちゅうを…」
と探偵が言うので、医師は無言で仕込み杖の柄を握る。
慌てて布団を被る探偵の黒髪を優しく撫でると、医師は軍人らしい機敏な動きで退室した。
探偵が、風邪をひいた話しである。
2012.9.9