探偵さんがトルコ風呂に行く理由
暖かな湿度に身を任せ、シーツ一枚で寝そべれば、なんとも言えぬ気だるさと、そのけだるさのお陰でゆるゆると染み込む疲労感が浄化されていく気分になる。
ふと、医師が横を向けば、自分と同じ格好で目を閉じる、同居人である諮問探偵の姿。
そういえば。ふと、医師は考える。
この探偵が自分と共にトルコ風呂にくるようになったのは、いつ頃であっただろうか。
最初、彼はトルコ風呂を毛嫌いしていたはず。
疲労感ばかりがまして、まったく非効率的だ、と。
だが、この時間をかけて身体を温めるこのトルコ風呂は、神経系の病気にとても都合よかった。
リウマチを患う医師には、うってつけなのだ。
それなのに。
嫌がる探偵は、今はこうして、医師の隣でこの湿度を楽しんでいる。
まあ、いいか。
そう楽観的に結論付けて、やはり目を閉じる医師を気配で察知した探偵は、気づかれぬように半身を起こした。はらりと、身に纏っていたシーツが肌蹴、白い皮膚が剥き出しになるのも気にせずに。探偵はそっと医師であり親友である同居人に顔を近づけた。
退役して数年たつ医師は、元軍医という肩書き怪しく、睫が触れ合う距離だというのに、起きる気配もない。
「だから、心配なんじゃないか」
恨めしそうに呟くと、探偵はそっと親友の頬に口付けをおとす。
奥まった2台のベッドの常連客の動きを気にするものなど、いなかった。
■
「ワトスン先生は、トルコ風呂が好きだそうだね」
捜査の折に立ち寄ったディオゲネス・クラブでの言葉。
兄からお茶をすすめられて口をつけるのを見計らって告げられた事実は、紛れもないもの。
「ええ、よく通っているようです」
弟である探偵は答える。
その回答に、兄は小さく息を吐くと「ドクターは小柄だが着やせするタイプのようだね。その肩の銃創がセクシーなのだと聞いた事があるよ」
兄の言葉に、弟は飲みかけの紅茶を噴出しかける。
そんな弟を見ながら、穏やかに「シャーロック」と兄は呼んだ。「トルコ風呂は確かに神経痛の効果は良いようだ。そして、中には、禁忌を犯すまでもなく、ただ逞しい体を見たいが為に通うものもいるのが、真実だ」
「まさか、ワトスン君を…?」
「ドクターは人気があると、聞いたよ」
勢いよくたちあがると、探偵は一礼してクラブから飛び出した。
■
それから。
必ず、探偵は同居人のトルコ風呂通いに同行している。
そして分かったのは、なるほど、確かに、汗に濡れる親友の肌はやけにセクシーだ。
冗談じゃない。
探偵は素早く辺りを見回し、そして息を吐く。
そして、猫のような素早い動きで、傍らの親友の唇を奪った。
それでも起きぬ親友に、探偵は笑いながらため息を吐いた。
「僕では目が醒めないか…眠り姫…」
淋しそうに、微笑みながら。
2013.6.2