悪夢

 どうしたんだい?今日はやけに積極的じゃないか。
 え?夢をみたって?
 ドクター、君もそれが夢だと分かっているのだろう?
 夢というのは、肉体的疲労と、記憶中枢、そして深層心理がみせる幻のことだ。
 現実世界とは何も関係がない。
 君は医学博士なのに、夢に囚われるなんて、医療従事者として風上にも置けないね。
 ああ、そんな顔をしないでくれ。
 分かった。それで君の気が済むのなら、私は協力ぐらいしよう。
 え?だって、慰めるような内容でもないだろう。
 所詮は夢なのだから、ドクター。
 分かっているさ。だから、泣かないで。
 ほら、君の手でするといい。
 ステートではなく、直接触れてみるがいいよ。
 え?冷たい?
 それは仕方がないじゃないか。僕は君よりも体温が低いのだから。
 ほら、拍動が分かるだろう?まったく。これで心音が聞こえなければ、僕は怪奇小説かなんかに出てくる化け物になるじゃないか。
 ああ、またそんな顔をして。
 大丈夫だ。僕は生きている。
 君は医者のくせに、まだ不安なのかい。
 困ったドクターだな。
 分かったさ。さあ、じゃあそれを僕の首にかけたまえ。
 そう、君から僕は逃げない証に。
 鎖の一端はどこかに…ああ、君の手に巻きつけておくのかい。まあ、それもよかろう。
 これで、僕は君から逃げられない。安心したかね?
 ああ、そんな顔をして。
 では、この手錠を使うといい。鍵はこれだよ。
 ふふ…まるで、警察官と捕らわれた犯罪者だねえ。
 この場合、どっちが警官で、どちらが犯罪者なのだろう。
 おっと、もっと優雅に置いてくれないか。
 そんな乱暴に押し倒したら、階下で優雅な眠りについている我らが女主人が、目を覚ましてしまうよ。
 え、そんな事はないさ。
 また、そんな顔をして。
 もしも僕が君の言うような思考であったら、とっくに君を通報している。
 だから、安心したまえ。
 あれは、ただの夢だ。夢なのだよ。
 大丈夫だ。僕はどこに行かないから。
 ああ、そうだね。知っているとも。

 ジョン…僕も君を………。



(終)
2010.9.30pixiv掲載