三日目。 深夜。ふと目が覚めたとき、少年は部屋にはいなかった。 ひやりと、背筋になにかが掠める。 それは今までの勘。 死神として身についてしまった、他人の死を感じる、直感。 手早く衣服を身につけ、窓の外を見下ろした。 予感は、当たっていた。 「…馬鹿が…!」 呟きながら、死神は見下ろした路地裏に駆けつける。 そこには、黒いズボンに白いYシャツ姿の少年がうつぶせに倒れていた。 頭部から相当な量の出血。口からも血液が溢れている。 恐らく、飛び降りたのだろう。 死神は少年を抱き上げた。 仰向けにした彼の左顔面は醜く潰れ、頭蓋からは血液と、 そしてその中身のような組織もはみだしている。 「………あ…んた……」 うめくように、少年は呟いた。 「…い…たい…」 「死にたいのか」 抑揚のない声で死神は尋ねた。 少年は変わらぬ表情で「ああ」と答える。「…キ…コに……会…て、 けっ……しん…いた…。おれ…は…も…う…」 死神は、薬液を吸っておいたディスポーザブルの注射器を取り出した。 自殺の幇助など、普段なら絶対にしない行為だ。 だが、今は、今だけは。 頚動脈に、針を突き刺した。 ゆっくりと薬液を注入する。 神経毒だ。徐々に痛みが和らぎ、そして呼吸器系が麻痺し、そして……。 「…あり…が…と……」 柔らかに、少年は微笑んだ。 「白蘭…いいのか、私で」 「…いい…」少年の息は、絶え絶えで「……きり…おれは……ほんとは… …ジャップ(日本人)……で…」 「そうか」 脈をとる。早かった脈拍は、徐々にゆっくりとなりはじめた。 焦点を失いはじめる、鳶色の瞳。 「おれ…の………な…えは…」 その瞳は、もうこの世を映してはいない。 それでも死神の化身は、少年の言葉に耳を傾ける。 脈をとる手は、どこまでも優しく、まるで愛おしいように。 「……は…………み…つ……」 「そうか」 言葉は、意味を読み取れなかった。 だがその応えに、少年は幽かに笑って見せた。 そして、脈が途切れる。 見開かれた瞳は、涙を溜めたまま、力を失う。 そっと、死神は彼をコンクリートの上に下ろした。 「…安らかに…」 小さく言葉を捧げて、死神は歩き出した。 終わりの見えない、道を、少年の最期の一呼吸を抱えて。 『Three days of death』