気がつくと、彼の濡れた裸体を抱き締めていた。 腕の中で、彼は軽く息を切らしながら縋りついてくる。 「……エド…---」 色を帯びた声に呼ばれて、心臓が跳ねた。 腕を緩めて顔を覗き込むと、頬が火照り、潤む鳶色の瞳が自分を見上げている。 「…影三……」 「…早く…」彼は唇に小さくキスをしながら「…早く…僕…我慢できないよ…」 「影三…!」 その声に目の前が眩んだ。彼の後頭部を掴むと、夢中で口付ける。 「んっ…」 性急に口腔内を貪ると、咽喉の奥から彼の甘ったるい声が漏れる。 唇を首筋に落とすと、彼の身体がぴくんと反応した。 甘いその反応に、思わずきつくその肌を吸い上げる。 「あん‥ぁあっ!…エド…」 熱い嬌声の合間に呼ばれる名前。 それが嬉しくて、その声が聞きたくて、愛撫する手に力が篭ってしまう。 跡をつけてしまうのではないか。痛いのではないか。 そう思うのだが、彼の声に興奮し、手を緩めることが出来ない。 「エドッ…好き…エドが、いいんだ…ッ!」 「私もだ、影三…!」心臓が破裂しそう。息もまともにできない。「私の、私の影三…愛してる!」 「早く、エドが欲しいんだ、僕に早く、大きくて熱いのを挿れてっ!」 「わかった…影三…」 甘やかに彼の唇を吸う。 「好き、エド…僕はエドだけのもの…」 「ああ、愛してる…私だけの…私の影三…」 ------目が覚めた。 暗い室内。ただ一つ青い光が目の前にある。それは、ブルーの画面をうつすテレビだった。 傍らには、赤い顔をした影三がソファーの背もたれを抱えるようにして眠っている。 足元には、ビールの空き缶が数個転がっていた。 目が覚めた瞬間には、理解ができなかったが、周りの状況を見回して、やっと把握する。 そうか、夢を見たのだ。 全身は汗に濡れ、まるでサウナに入ったかのよう。 夢、だったのだ。 それはそうだ、とジョルジュは自分を納得させる。 天地がひっくり返っても、彼が自分に性行為を求めるわけがないのだから。 「…当たり前だ…」 リモコンでテレビの電源を切り、小さく呟いた。 何故、そんな夢をみたのか、原因は分かっている。 原因を語るには、数時間遡ることになる。 事の発端は、隠しておいた筈のビデオテープを影三が発見した事からだった。 「なんですか、これ」 「あ!それは……」 珍しくジョルジュは慌てて、彼の手からそのビデオテープを引っ手繰る。 だが、彼はニヤニヤ笑いながら「ふーん」と言って見せた。「ドクタージョルジュは、そんなのが趣味なんですか」 「ち、がう!これは、ドクターアーレンが押し付けてきたんだッ!」 そのビデオテープは、年齢制限のある青少年有害視聴動画に指定されているであろう、ビデオ。 早い話が、日本で言う所のアダルトビデオだった。 いや、別にジョルジュだって独身男性だ。そういう代物があった処で、不思議ではない。 だがこの場合、そのビデオの内容にあった。 「違う。これは私の趣味じゃなくて…アレンが勝手に押し付けて…」 「まあまあ」影三は慌てるジョルジュの肩を叩いて「驚きませんよ、今更」 「今更って…誤解だ!」 「またまた」 「影三ッ!」 「とりあえず」 影三は(ジョルジュの部屋の)冷蔵庫から缶ビールを数本取り出して、「秋の夜長。鑑賞会でもしますか」 「…こんなもの見ても、気持ち悪いだけだろ…」 「女の子も出てくるでしょう」と、影三。「ほらほら、ブルネット。俺は好きですけどね、ブロンドより」 「………。」 結局押し切られる形で、それを見るハメになったのである。 これ、オススメだぞ! ニヤニヤしながら、アーレンが持ってきたビデオ。言いたい事は分かっている。 内容は、東洋人の少年が借金のカタに恋人に売られてきたという、とんでもない内容だった。 最初は影三が好きだというブルネットの女性が、優しく少年と絡み合う。 だが、途中から、白人の男が乱入し、少年は男と女の両方から甚振られるのだ。 つまり、まあ、常日頃からの行動のお陰で、めでたく(?)バイセクシャル認定されているジョルジュなので、こんなものが好きであろうと、どうやら彼にまで誤解されているとは、少しショックだ。 男が乱入してから数分後、熟睡する影三の姿があった。 アルコールに弱いせいもあるが、男が男を犯す画面に興味がないからだろう。 なんて、分かりやすい。 安堵の息をついて、ジョルジュはビデオを止めようとした時だった。 画面の男が、少年に言い放つ。 『俺たちにちゃんと奉仕すれば、恋人のところに返してやるぞ』 『本当に?僕、エドのところに帰れるの?』 …そういうことか。 アーレンの意図が、やっと理解できた。 つまり、東洋人と白人のカップルで、東洋人の恋人の名前がエドという。 まったく、意地が悪い。 そう思いつつ、ビデオを止めれずにいる自分がいる。 先ほどから思っていたのだが、この東洋人の声は、影三に似ているのだ。 30分ほどかけて、少年は数人の男女を相手に甚振られていた。 そして、最後。 『エド!僕、がんばったよ!』 恋人と思わしき白人の登場。少年はこれ以上ないぐらいの笑顔をみせたのだった。 あの夢の中の彼の台詞は、ビデオの少年の台詞だった。 考えてみれば、彼があんな口調のはずがない。 「…アーレン…余計なことを…」 悪態をついて寝なおそうと思うが、先ほどの夢が脳裏に鮮やかに蘇る。 少年の顔は、目の前で眠る彼の顔に。 「クソッ!」 ジョルジュは立ち上がると、冷蔵庫から飲み掛けのビーフィータのボトルを掴むと、グラスにも注がずに直接瓶に口をつけて、飲み干した。 それでも、アルコールはジョルジュの思考を鈍らせるに至らない。 妙に頭が冴え、全身が冷えていくような感覚だった。 瓶を置くとジョルジュは彼の眠るソファーへと戻ってきた。 彼は相変わらず、気持ちよさそうに眠っている。 「熟睡だな」 眠る彼の頬に、ジョルジュは口付ける。 それでも彼は目が覚めない。 もう一度、頬にキスを。 「…愛してる…私だけの…私の影三…」 夢の台詞を、囁いた。 彼にそんなことを告げたら、かなり怒るであろう。 でも、それでも。 「…愛してる…私の影三…」 今だけでも、本音の告白を。 仄暗い、深窓