最早、痛みは感じなかった。 ただ全身が焼かれたかのように熱く、全身から汗が噴出す。 もっと、もっと痛みを。 総てを忘れられる程の激痛を、厳罰を、どうか与えて下さい。 「お前は卑しい変態だな」 遠くで聞こえる男の声。 ああ、そうです。俺は、俺は罪を犯した卑しい人間です。 いや、俺はもう、人間ですらない。 「さて、どうする」男は愉快そうに尋ねた。「私はここで止めてもいい。お前は、どうしたい、 どうして欲しいんだ、影三」 「……罰を……」掠れた声で、答える。「……俺に、もっと罰を与えて下さい…」 まるで録音されたかのように繰り返される、言葉。 マトモに働いてはいない彼の脳内には、ただ、罰を与えつづけてほしいという言葉だけが、 刻み込まれていた。 衣服を剥ぎ取られ、両脇をボディーガードに抱えられる姿で、影三は自分のベルトで 鞭打たれつづけていた。 全身は赤く腫上がり、ところどころにできた傷からは、鮮血が滴る。 それでも、彼は厳罰を求めつづけた。 いや欲しかったのは懲罰なのか。 何かが彼の中で壊れ、何かを失ったのではないか。 「離せ」 満徳の命令に、ボディガードはその手を離した。 崩れるようにその場に蹲る影三の顎を、高級な皮で仕立てた靴先が掬い上げる。 そして、何かを彼の目の前に落した。 それは性行為用の潤滑ゼリーだった。 「自分で用意するんだ、影三」 「……はい……」 薬物を使用していないのに、彼の瞳は濁っている。 いや、正気ではないのか。 彼はそのチューブを自分の手のひらに出し、そしてそれを自分の後孔に塗りつける。 自分の行動が、何を示しているのか、彼は分かっているのだろうか。 挿入は突然だった。 ボディガードに身体を押さえつけられたかと思うと、全満徳の性器が、まだ解れていない後孔に めりこんで来た。 「っ……ああ!……」 ゼリーの効果で、ずるりと押し入るが押し込まれる圧倒的な存在に、入り口に鋭い痛みが走る。 「…ああ…切れたか…」 いやらしく、満徳は告げる。「まあ、それぐらいの方が良いだろう?影三」 そのまま何の気遣いもなく押し進められる存在に、目の前が真っ赤になった。 悲鳴が零れる口に、何かが押し込まれる。 それがボディガードの性器だと気づいたのは、随分後だった。 「うるさくされたら、かなわんからね」 後ろからの刺激と、口腔を圧倒する生臭い存在に息が苦しい。 身動き一つできない影三の体から快楽を毟りとろうと、二人の男はその身体を蹂躙した。 先に達したのは満徳だった。 後孔の奥深くに突き刺さる性器が吐精する感覚に、身震いがする。 後ろから性器が引き抜かれたが、また別のモノが同じ箇所に突き刺さった。 「…あああああっ!…」 先程とは違う、大きな性器に思わず悲鳴が漏れた。 それがもう一人の白人のボディーガードであることに、影三は気づかない。 達しそうになる影三の性器は、他の男の手で握られ、精を吐く事ができなかった。 容赦なく擦りあげられ、後孔の性器と口腔内にある性器が精を吐くのは、ほぼ同時だった。 そして抜かれて、また更に別の性器が身体を貫く。 永遠に続くかのような、律動と吐精。 気を失いそうになると容赦なくベルトで鞭打たれ、覚醒させられる。 それをどれほど繰り返したのか。 室内はなんとも言えぬ匂いで充満し、影三の後孔と口からは、納まりきらない白濁の精が 滴り落ちている。 彼自身は一度しか、精を吐くことを許されなかった。 濁る意識に、満徳は愉快そうに語りかける。 「満足か?影三。お前の望みどおりにしてやったのだよ」 望みどおり?…ああ、そうかもしれない。 俺は俺は、最早、人間ではない。 自分の手で、彼女を、あの幼い生命を殺めてしまった、人殺し。 今の姿が、自分には相応しいのだと思う。 俺は、もう人間ではないのだから。 覚束ない足取りで、居室へと向かった。 身体が重く、まるで自分のものとは思えぬほど、言うことをきかない。 歩くたびに後孔から、精液が滴る感覚だけが、嫌にリアルだった。 いつものようにボディガードが居室のドアを開けた。 暗い室内に差し込む、明かり。 その明かりを纏って室内に入る。 ばたん。 ドアが閉まり、また電子音が鳴る。 また、閉ざされる室内。 意識が歪んだ。 「影三!」 膝から崩れ落ちるのをを抱きとめられた。 体が強張り、硬直する。 誰だ、一体誰が…! 怯えるように、自分を包む存在を見上げる。 「…私が分かるか、影三」 囁くように、問う声に影三は耳を疑った。 まさか、何故、どうして。 「………エド……?」 おそるおそる、名前を呼んだ。 まさか、どうしてここに、この人が。 「そうだ、私だ、エドワードだ」 力強く答える声。4年ぶりのその肉声に、心臓が締め付けられる。 「ど、うし…て」 掠れて震える声。 「影三、会いたかった」 そして彼を抱きしめた。 逃がすまいと、強く、強く、戒めるように。 それは温かな抱擁だった。総てを許し、そして包んでくれるような。 「エド…どうして…?」 どうしてここに。そうたずねたいが、声が言葉にならなかった。 言葉には答えずに、ジョルジュは彼を抱き上げてベッドへと向かった。 そして壊れ物を扱うように、そっと身体をベッドの上に下ろす。 「風呂にでも入ろうか、影三」 笑って、ジョルジュは彼の頬を優しく撫でた。「いま、用意をしてくるよ」 頬を撫でる優しい手が離れ、ジョルジュはバスルームへと消えた。 戻る、静寂。 まるで、今までのは夢だったかのような錯覚に陥るが、バスルームから微かに聞こえる水音に、 やはり今ここにジョルジュはいたのだと確信させ、ホッとした。 同時に起こる、罪悪感。 彼の優しさに包まれる資格など、ないのに。 「影三?」 「俺は…貴方に優しくされる資格などないんです…!」 手放した、あの幼い生命。 愛しい、愛しい、幼い生命。 俺が、殺した。 「黒男が死んだ今……俺にはもう、生きる価値も無い…!」 「なんだって」 影三の言葉に、ジョルジュは違和感を覚える。「黒男くんが死んだ?」 小さく、彼は頷いた。 「…詳細は分かりません…しかし、全満徳が…黒男は本間血腫で死んだと…」 弱弱しく震える声。「俺が作った…不完全な心臓のせいで、黒男は…!」 「影三、落ち着け。落ち着くんだ」 冷静な声で、ジョルジュは彼の瞳を覗き込む。 「黒男くんは…確か、黒男くんは両上肢機能全廃と両下肢機能全廃、頭蓋骨折、内部損傷は小腸と気胸だと聞いている。あの子が心臓機能障害を負ったという話はきいていない」 「…え?…」 「黒男くんの心臓は、彼のものだ。人工心臓ではない」 断言すると、彼の瞳から涙が零れた。 ああ、君は。 そうして精神までも全満徳に支配されていたのか。 「とにかく、風呂に入ろうか」 影三のYシャツに手をかけると彼は慌てて、自分でできます!と叫んだ。 「手伝うよ」 「結構です!」 上半身を起こし、くるりと背を向けて彼はYシャツを脱いだ。 なんだか懐かしかった。 昔は、よくこんなやり取りを楽しんでいた。 Yシャツを脱いで向き返った影三は、思わず凍りつく。 「な…」顔を真っ赤にさせて、影三は「ななななな、だから、なんでエドまで脱いでいるんですか!!」 「一緒に入ろうと思って」 当然のように、言った。「いいじゃないか、家族風呂だと思えば」 「家族風呂は家族と入る風呂ですよ!」 「あれ、いいよね。いいシステムだと思うよ」 風呂に入る前だというのに、茹であがったタコのようになった影三を、 ジョルジュは軽々と抱き上げた。 そして気づかれてしまう。 ズボンの股上部分が、しっとりと濡れていた。 そして、何より赤を通り越し、黒ずんでさえ見える、全身の内出血の痕跡。 青ざめる影三の表情に気づかぬフリをして、ジョルジュはそのままバスルームへと向かった。 ドアを開けると、白い温かな湯気と、懐かしいその香りが充満していた。 「…これは…」 「ヒノキ湯だよ」ジョルジュは笑って「湯の花とどちらにしようかと思ったんだけど、ね」 それは大学時代に影三が好んで使用していた、入浴剤だった。 覚えていてくれたのか。と、胸が痛くなる。 この人は、なんでいつでも、こんなにも優しいのか。 「…ありがとうございます…」 「さあ、入ろう。そんなに熱くしていないから」 そっと床へ下ろすと、彼はくるりと背中を向けてズボンを脱いだ。 ズボンを足から抜くのを見てから、再び、彼を抱き上げる。 「わあっ!」 大いに慌てて、影三は「待って下さい!エドが…汚れる!」 「そんなことないさ」 軽く答えて、そのまま二人は狭いバスタブへと身を沈めた。 「……っ!」 ぬるめのお湯だが、それでも腫上がった身体には刺激が強かったか、影三は小さくうめいた。 「大丈夫か」 背中から包むように抱き締め、耳元に囁いた。 胸に当たる彼の背中は、記憶よりも小さくやせ細ったような気がする。 4年間。たった4年間というべきか。 それとも。 片手で彼の身体を抱き締め、もう片手を彼の後孔に差し入れる。 びくりと、彼は腕の中で身を震わせた。 「大丈夫、出すだけだから」 怖がらせないように、なんてことないように、ジョルジュは告げる。 「じ…ぶんで…しますから…!」 今にも泣き出しそうな声だった。 そんな彼の頬に小さく口付け、 「何もしない。痛いことはしないから」 彼の後孔は、するりと指を飲み込んだ。 ぬるぬると体内に留まっていた体液を、彼が傷つかぬように掻き出す。 腕の中で、彼が息を詰めていることに気づいた。 時々歯を食いしばり、声が漏れないように耐えている。 何度か指を出し入れしている時、彼が耐え切れずに声をあげた。 その声に慌てて、ジョルジュは手を引いた。 「す、まない、影三」 言葉に、彼は小さく頭を横に振った。 「俺の方こそ」俯いたまま、彼は「俺のほうこそ、済みません。後始末をしてもらって」 「影三」 彼を両手で抱き締めた。 彼の匂い。彼の髪の色、彼の肌の感触。 その総てが愛しくて、その存在が、彼が生きているというこの存在感が、たまらなく嬉しかった。 「愛してる、影三」」 素直に告げる言葉。 君をみると、伝えずにはいられない、告白。 だが、影三は全身でジョルジュを跳ね除けた。 狭い湯船。向かいあい、顔面蒼白で、影三はジョルジュを見る。 「影三?」 「…ダメですよ…」震える唇は真っ青だった。「…ダメですよ、その言葉は、俺に言うべき言葉じゃない!」 「影三…」 「俺は、俺は、浅ましい、穢れきった裏切り者…俺は、たくさんの生命を食い物にし、そして、 裏切った…俺は…」 「知っているよ…」 穏やかに微笑んで、彼の腕を掴んだ。彼が逃げださないように。彼が消えてしまわないように。 「君が、みおちゃんを愛していることも、黒男くんを愛していることも…」 彼が手に入れた、彼の家族。 知っている。彼は誰よりも家族を愛していることを。 「でも、俺はみおを裏切った」 本音。それは、彼の胸に巣食う、罪の痕。「不完全な人工心臓で人を殺し、みおを裏切って… そして、俺は…みおも殺してしまった…」 自分にさえ出会わなければ、彼女は死ぬこともなかっただろうに。 自分が、己のエゴを優先させなければ、こんなことには。 「…君だけじゃないだろう…」 ふわりと、再び抱き締められる。涙がでるほど、温かく。 「影三、君一人が背負うことはない。…私も一緒だ。己を過信した、愚かな人殺しだ。 君だけが背負うことはない…私は君の傍にいる…」 「…エド…」 「愛してる、影三」 「やめてください!」 「共に、堕ちよう」ジョルジュは言った。小さな声で「私は、君を救うなんて 高慢なことはできない。だから、君のその罪を私にも背負わせてほしい」 驚いたように、影三は顔をあげた。 視線が絡み合う。彼の優しい眼差しが。 声が、出なかった。 「共に、堕ちよう。影三」 頬に手をかけ、ジョルジュは彼に口付けた。 慌てて逃れようとする彼の頭を押さえ、角度を変えて口付けを深くする。 立ち上がって、逃げようとする彼を壁に押し付けて、それでもその口付けは優しくて甘かった。 「…だ、めですよ…」 震える声。影三は「貴方が堕ちたら…キリコくんやユリちゃんを裏切るんですか…! 貴方には…貴方にも、守る人がいるのだから…!」 必死で、必死で訴えた。 それでも、ジョルジュはその手を止めなかった。 敏感になっていた影三の肌は、ジョルジュの指先ですぐに熱くなる。 それは優しく、温かく、囁かれる言葉に満たさされ、 いつの間にか縋るように、助けを求めるように、彼の唇に己のそれを重ねて、貪った。 たったそれだけなのに、勃ちあがる彼の性器を、ジョルジュは軽く擦りあげた。 「あああ!」 ほんの少しだけだったのに、彼は呆気なく達し、 ジョルジュにしがみ付いたまま、身体を振るわせた。 「…影三…!」 その官能的な声に、表情に、欲情するのを感じた。 彼に一目惚れしてからもう何年も経つが、彼の性的な情を感じるのは初めてだった。 かなり際どい事も何度かあったが、だが。 手短にあったボディソープを手にとり、彼の後孔に塗りつけた。 先程のように彼の後孔は、指を飲み込み、彼は淡い声をあげる。 バスタブの淵に手をかけるように言うと、彼は素直に従った。 尻を突き出す格好で、彼は指の動きに腰を僅かに振って声をあげる。 指を引き抜くと、切ない声をあげた。 背後から、ゆっくりと性器を挿入する。 彼の痴態をみているだけで、ジョルジュの性器も固く勃ちあがってしまったのだ。 後孔はまるで慣れきっているかのように、難なくジョルジュを受け入れた。 熱く絡みつく彼の体内の締め付けに、それだけで達しそうになるのを、なんとか耐える。 「…動くよ…影三…!」 柔らかに断る彼が愛しいと思った。 軽く頭をふって、それに答える。 彼が動き、突かれはじめると、その熱さと衝撃に体が震えた。 「あっ…あっあっ…!」 それはゆっくりと気遣うような、彼らしい動きだと思った。 考えてみれば、今までジョルジュは自分を力づくで奪おうと思えば、いくらでもそうできたのに、 しかし彼はそうすることはなかった。 愛してる、愛してると、なんども、何度も囁いていたのに。 それが彼の誠実さだったか。彼の優しさであったか。 共に、堕ちよう。 そう告げてくれた。こんな俺に、そんな言葉を。 俺が引きずり込んだか。貴方のことを。 「…あっあっ…エド!エドっ!」 縋るように名前を呼んだ。 熱く貫く彼の性器に、体が熱い。熱くてそのまま溶けてしまいそうだった。 「影三……!」 「エド…も…イク…お願い、擦って、下さい…!」 「…影三…」 耳元で熱く名前を呼ばれ、それだけで達しそうになった。 腰に置かれていたジョルジュの手が、性器を優しく掴み、そして擦り挙げる。 「…っああ!エド!…あああ!」 優しく導かれた絶頂に、体が歓喜しているのが分かった。 締め付けられる後孔に低い音を漏らして、ジョルジュも彼の中に吐精する。 ずるりと彼の後孔から引き抜くと、背後から力強く抱き締めて、そのまま湯の中へ座り込んだ。 「…エド…」 くるりと向きを変えて、影三は顔をのぞきこんできた。 情欲にぬれた、それでも少し哀しそうな、彼の瞳。 「影三…愛してる…」 「俺も、好きです…」 自然と、唇が重なった。 その甘い口付けに、影三の瞳からは涙が滑り落ちる。 罪に堕ちた。 俺が、引きずり込んだ。 それなのに、少しでも嬉しいと思う自分が、卑しいと思った。 もう、後戻りはできないのに。 風呂からあがり、バスローブを着せてベッドに入ると、すぐに影三は眠りに落ちた。 その寝顔を眺めながら、優しく彼の黒い髪を撫でてやる。 影三。 私は君を救うことはできない。ならば、せめて、共に堕ちよう。 大丈夫。 影三、見てご覧。私の手も、君と一緒で、私達が生み出した病で流された血で 真っ赤に染まり、幾ら洗浄しても消えやしない。 医師でありながら、技術を過信して、生命を軽んじてしまった。 愛する者をへの裏切りと。 『影三くんと、私、どっちが好き?』 すまない。私は君を愛している。 だが、今は傍に居る影三を手放せない。彼を、彼を愛しているんだ。 共に堕ちよう。地獄の底まで。 私は、いつでも君の傍にいる。 mine through all eternity.