(epilogue) 小さな〜手のひらに…木の実〜♪ 「先生、間くんがまたいません。」 ある幼い日。学芸会の練習をサボった俺は、 友達が車椅子を押してくれて 木の下にいた。 「くろちゃん、この木…虫がいっぱいついてる」 春とは全然違う姿のその木を振り向く人はいない ここにあるのに …みんなこの木を忘れちゃったみたいだ。 いくらさがしても 真っ赤な葉っぱ、黄色や緑の混じった葉っぱはあるのに ただ冷たい木枯らしが葉を揺らすだけ。 …坊や強く〜♪ …黒男はお子様ランチが好きなんだね… 茶色い目の優しい人は誰? この人は誰? みなしごってこと。 それだけはなんとか分かるけれど。 俺はどこからきたの? …プリンの上のサクランボは種ごと食べちゃだめだからね… 「うん。ねぇ…?」 …なんだい黒男… 「…、これをうえたらおっきくなると思う?」 …ママみたいなこと聞くね。普通は無理だよ… 「じゃあエドワードおじさんにおねがいして、 メアリおばさんにまほうをかけてもらったら?」 …う〜ん、そしたら芽が出るかもね。よし、…が植えてみよう… 「ほんとうに?じゃあおっきくなったらね、きいちゃんと二人で木に登ったりするよ。 高いとこから街をながめるの」 …それから何するの?… 「春はね、お花見をするんだ。 夏はね、木登りとセミをつかまえるんだよ。 秋はね、おち葉をたき火するの。 冬はね、かざりつけをして、てっぺんに星をつけるよ。」 …他にもあるの?… 「他にもいっぱいあるよ。おばさんにおじさん。きいちゃんもみーんなで集まってするんだよ。 …も考えて!」 …パパと二人〜♪ 「ふーん。そんな夢を見たんだ」 「うん。それでね、もしこの木に花が咲いてたら奇跡みたいでしょ? そしたら夢が現実になるんじゃないかなって」 友達はハッとしたような顔をしてこちらを振り向いた 「…今朝まで咲いてたんだけどさ…珍しくて採っちゃったんだ。ごめんね。ウソじゃないよ」 「…信じるよ」 たった一人いた友達は優しかった。 合唱なんて子供っぽいから嫌だとか言って、 茫然としていた俺を見て歌詞の内容を気にかけてか、 動けずにいる俺を強引に肌寒い校庭に連れて出してくれた。 「クロちゃんはさ、秋に桜の花をさがすなんて意外だな」 「お母さんがね、当たり前に見えることに ちょっと面白いことを見つけるのが好きだからかな。」 「へ〜天然だったのか。じゃあさ、昔からぎもんだったけどなんで浦島太郎が好きなの? 最初は楽しくてもさいごはおじいちゃんになっちゃうんだよ。 しかも誰もいなくなるんだよ」 「こうやって秋にね、この木が桜だって覚えてるとこだよ」 「え?」 …少年は一人〜♪ 「ねぇ、月のさばくに行きたいなぁ」 「今度は何の話…」 「そこはね、一面銀色なんだよ。 じめんはキラキラ輝いてるの。空には七色のにじがかかってるんだ。 そこにはウサギがいて、親子でくらしてるの。 かわいいようせいもいて、一緒に遊ぶんだ。」 「ふーん。ようせいと遊ぶの?」 「月だったら体が軽くなるから俺もうごけるかもしれないよ」 「そっかぁ…ちょっと遠いよ」 「うん。でも、行きたいなぁ…きっと楽しくて帰る気持ちなんかしないよ …だから浦島太郎にはなれないかも」 友達は少し間を置いて聞き返した。 「ひよっとして親に会いたいの?帰れなくなるかもしれないよ」 「…俺の家なんかないから帰る場所がないし。 ほら夢じゃなくてこの目にちゃんと見えてるからあそこにきっと行けるよ!」 俺は昼間の真っ白い月にぎこちなく手を伸ばした。 存在感が薄くて雲にかくれて見えないような白い月。 俺には指先で確かに触れるのに。 「…行けないよ、クロちゃん」 …秋の丘を〜♪ 「…芽、出ないね」 …諦めるのは早いよ黒男。お父さんが頑張ってみるから… 結局あの時も、奇跡は起きなかった。 「黒男君、現実を見なさい。」 本間先生はいつもそう言った。 子供の頃、一人ぼっちの俺はよく夢を見ていた。 最初、それは懐かしい思い出だったはずだ。 でもそれはただの夢になっていった。 俺が頭の中で作り出した理想の世界。 現実の世界は母さんが死んで父さんに捨てられた。 復讐心と悲しみと、動かせない体と。 誰かと元気よく遊ぶなんて夢のまた夢。 記憶の世界と現実の世界に差がありすぎて いつしか記憶は夢に過ぎなかったと思い込むようになった。 夢の中の世界で俺はいつも幸せだった。 目が覚めないようにいつも願っていたはずだった。 夜明けが1番怖かった 時の流れは逆行はしない。 一秒だって戻れない。 あの秋は帰ってこない。 俺が欲しかったものは二度と手に入らない。 そう思ってた あいつに、出会うまでは 昼の月、秋の桜 次頁