(10話)
死ね、死ね、死ね。


  一一
  タヒね

消えろ消えろ消えろ


  ニ小
  ノ月 エロ

殺してやる殺してやる


  メ几
  木又 シテヤル


ミンナシネ。

コノ刃デ


バラバラニシテヤル


  □□ 
  言リ ヲコノテデ……



「アイスクリームは寒いから…カフェオレね。」

死神は、私の肩に自らのロングコートをかけながら耳元で囁いた。
 
「そうだ…ブラック・ジャック、こういう格好がよく似合うんだよ」

「あっそ。服装なんか興味ないわ」
「クククッ…だからいつも同じ格好なのね…行ってくるよ」

毒々しいぐらいにけばけばしい色合いが海面に垂れ流されている。
 都会の海は真っ黒とはいかないようだ。繁華街はまるで花街のよう。
ここからはまるで別世界にみえる。
むしろこの状況のほうが浮世離れしているのに。死神は血の通った人間らしい。 
私自身を包み込むようなコートの暖かさに、季節や海風が頬を掠める寒さなどつい忘れそう…。

カゲミツとは日が暮れたら必ず帰ったのに。
結局気付けば日が暮れて、なお私は死神と港にいて話を聞いていた。














ー00:10 還らずの侍













「俺じゃなけりゃ死んでたな」

ブラック・ジャックのその言葉は自信過剰でも何でもなかった。
やはり奴は天才だ。
外科部長は不幸な事件に見舞われたが、奴と一緒だった事はまさに不幸中の幸いだった。
文字通り奇跡的に一命を取り留めたのだ。

血まみれだったという外科部長の姿…
それにしてもこのやり口まさか話題の還らずの侍なのだろうか。

『小百合ちゃん…ところでなんで還らずのって付くの?』
『それはね、その場所からこつ然と姿を消すからだよ。まるで空気に還ったみた
いに。』
『そう…でも事件が続いてるからそんな名前なのね…。』 

「犯人を見たか?」
「いや。俺がシャワーを浴びてる間だった…何も音はしなかった。
寝室の扉を開けようとした次の瞬間、目の前が暗くなった。」
「お前達がホテルに行くことを知っていた人物はいるか?」
「小百合が心配だからな…お前さんをめくらまししただけさ。
あの時はあの場で変更したからな」
ブラック・ジャックの話によると、一端病院を離れて俺を振り払うと、
すぐに施設を一周して、裏口から医院長の仮眠室に戻ったという。
となると、始めから外科部長を狙ったのだろうか?
それとも医院長だったのか…もしくは噂の侍ならば誰でも良かったということなのか。
ブラック・ジャックは護身術ぐらいはその辺りの人間の倍以上はある。
それに仮眠室にはセキュリティーを備えた院長室の奥だ。
セキュリティーを打ち破ったり、手際よく犯行をしたり…犯人はよほどのプロなのだろうか 

「おまえよく生きてたな…」
「ああ。20年ぐらい前に比べれば奇跡でも何でもないけどな」
「20年前?」
「正確には17年前だが…貴様には関係ない。案外お前だったりしてな、犯人は」
ブラック・ジャックはさも当然のように殺人鬼と俺を同じに名指しする

「…何?」

「死神、今日は何人殺した?
その中に外科部長が入らなくて残念だったな。」
「…」
「反論の一つも出ないか。図星だったりしてな。
俺は貴様なんかに殺されるほど間抜けじゃないからな」
「安楽死は楽に死ぬ事だ。お前には向かないよ」
さっきの小百合とのやり取りのせいか、一言言い返すのが精一杯な俺だったが
「フン。死神め、地獄に還れ」
ブラック・ジャックは心を込めて俺の死を願っていた。

俺は複雑な心を整理するべく一服しに行った。

そこに、余計なのが来た。

「ああ、あんたが死神ね」
小汚い恰好のいかにもコロンボ被れ風な刑事が話しかけてきた
「で、どっちだ?」
「WHY?」
俺は面倒臭くて英語で答えた
「惚けなさんな。私しゃあ、死神かブラック・ジャック、ホシはどちらかだと思っとる」
眉を片方あげると刑事はこちらにフゥーっとタバコを吹き掛けてきたのを俺がよけるとニヤリと笑って続けた。
「還らずの侍は二重人格らしいが、私しゃあそんなのは信じてはおらん。
所詮人間は独りさ…そう思わんか死神さんよォ」
瓶底のような眼鏡の縁からチラリと鋭い視線で探るように俺を刑事は一瞬だけ見やると、そのまま去っていった。

「こちらが手を出せないからといっていつまでも煙に巻けると思わんことだ…
尻尾を必ず捕まえてみせるぜ侍さんよォ…」

厭味を遠くで聞きながら、俺は自らを落ち着かせるたもに思考を間 黒男について考察することに戻した。


「ブラック…あ!今の無し、間の事ね!」
「間君、今はどうしてるか知らない?」
「え!?あ、それ言ったら殺されるよ」
「誰に?」
「間だよ!言っとくけど冗談じゃないからな!」

間 黒男の痕跡が最後に確認されたのは大学だった

案の定、アルバムの類や実習記録、卒業論文に至るまでことごとく消されていた。
辛うじて俺は聞き込みを繰り返した中で間黒男の人生の中で唯一、友達と呼べるような人物を捜し出した。

「いい奴だったよ。鍋とか…あいつ料理下手だから凄く喜んでたっけ」
「そんな感想は初めて聞くよ」
「そうなんだ…あいつ誤解されやすくて。根はお人よしで案外シャイで。
好きなコが出来た時なんか、あいつの方が可愛くみえたよ」

…め、…め、恵さんって言うんだ
…はあっ〜分かったかい間。苗字じゃなくて名前が基本!
ちなみにニックネームか呼び捨てにするといいからイチイチ恥ずかしいがるなよ。
…う、あ、あ、あとな、二人でどうやって歩けばいいんだ
…ふ〜。そこはさ友達と並んで歩いてるイメージだ、普通に会話すればいいんだ
ッ…アハハハハ!間可愛いな〜。
…バッ、馬鹿にするな!!俺は真剣なんだ。友人、恋愛、親子…ご存知の通り俺は
ほとんどまともな人間関係がないんだ。
だから難関な医療知識より難しいんだ!


同級生は楽しそうに間黒男との思い出を語ってくれた。 
散々な生い立ちを聞かされてきただけに、正直ホッとした。

『きいちゃん』

今の彼に会うと案外俺の知っている昔の彼と変わらないのかもしれないと思った。 

「アハハハハ!」
親友は豪快に思い出し笑いをした。
「あ〜お腹いたい。」
途中笑いすぎて涙していた。
「フフフ…」
俺もつられて笑ってしまった。「間 黒男」を巡るエピソードを聞き歩いて、それは初めての事だった。


「ハアッ…お腹がちぎれそうだよ全く…あ!ただ、たまに俺がこう、間の事を深く知ろうとすると、途端に扉が閉まるんだ」
「どういう事なんだい?」

…へ?ゴメン、人間関係希薄な方だったの?お前さ、手塚なんかとも話してたじゃない。そんな感じしなかったぜ
そりゃあ、ちょっと友達は少なめだとは思うけど、そこは数より質だよ
…そうかな。
…まぁ、お前は確かに指先の割りに他人と関わる事が不器用だよな〜。
ほら!数より質なんだからさ、その辺の間の人生観みたいなのを聞かせてよ。
…俺の人生観?
…そうそう。何でもいいから未来はこうなって〜とか。案外マイホームパパを目指してたりするかな〜って間の考え方に興味があるんだ
…俺は………すまな…

この友人によると、その時間 黒男は眉間にシワを寄せてとても悩んでいる様子だったという。

…いいんだよ、もう少し仲良くなったらで。
…ありがとう、辰巳。

お前は失いたくはないんだ…俺の考えを知ってしまえばきっとお前は離れていくよ……。
……間?


「何か…人に言えない大きな何かを…一人で抱えているみたいだった」
「察しはつかない?君は仲良さそうに思えるからさ」
「つく。多分だけど…あいつの顔の傷なんじゃないかな。
あいつ…大学生の地点で、いや!もっと前から…
あんな医者になることをもしかしたら決めてたのかもしれないな。」



無口、いじめ、無表情、根暗、孤独…
俺が調べた間黒男の中身は、それぞれにみんな違った。

赤い目、白黒の髪、顔の傷跡…
けれど外見は共通していた。それは日本人の割に特徴的だったからかなり目立つだろう。

『ブラッ…いや間の事だね』

それにしても間黒男について話始めた時…陽気な彼は、なぜあんなに怯えたのだろうか。 

その答が謎の日本人天才医師である可能性はないだろうか…。


『死神め、地獄に還れ!』
俺は迷っていた。迷う余地などほとんどないのに。あんな人間が間 黒男でないことを確信したかった。
だが様々な事情が彼だと言う。


「すみません、ドクターキリコ。院長を見ませんでしたか?」
「いや」
混乱する思考で、ふいに背後の看護士に声をかけられてハッとする。
「もう、本当に頼りにならない人なんだからあの人は。外科部長がこんな時にどこに行ってるやら」
「おいおい、私は外部の人間だぞ、そんな風に言っていいんですか」
「構いませんよ。みんな言ってますし…気が弱くて、いつもオドオドしてて、親の七光りの典型ですよ。何にもできませんし」
「内科、外科、どちらの出身なんですか」
「さぁ、ありゃあヤブですからね。患者何てもう何年も診てませんよ」

「…ついでに聞きますが…ブラック・ジャック先生はどこに行かれました?」
「何?さっきまでましたが」
「いえ、こうやって聞き回っていますが見かけませんで…」

俺は先程まで奴が寝ていた椅子に駆け寄った 

「しまった…!」

奴は忽然と姿を消していた。 

「小百合ちゃん、ブラック・ジャック先生が行きそうな所知らない?」
「え?お礼に院長先生のお家でお食事を食べるって言ってたよ」
「あの馬鹿!」

嫌な予感がする。

事態の目まぐるしい変化に戸惑いつつもとにかく俺はともかく奴を追った。


「ブ、ブラ、ブラック・ジャック先生…美味しそうですね、やや、柔らかくてジューシーでッ…」

「……。」




「ブラック・ジャックが間 黒男でなければ、こんなやつ痛い目に遇えばいいって思ったんだ」
「ふうん…間黒男の可能性を小百合ってコに指摘されてなかったら」
「勿論、俺は追い掛ける事はなかっただろうね。小百合ちゃんに侍の噂話なんかを聞いてたからある程度の確信はあったけれど、
助けにはいかなかったろうね」
確かに、死ねだの言う人間と関係をわざわざ築く事はただストレスを自ら増やすようなものだ。

「あなた…本当に誰にでも優しい死神じゃなかったのね」
「過去は…どうだろうね。俺も人間だから、何時でも誰にでもカミサマみたいには振る舞えないよ。」

そうか。先程から、「寒くないか」と死神は私の肩を抱きよせ、両手を重ねて擦るのも、「特別」なのだ。

狂っている死神は

私を

最愛の人だと思っているから……。


「で、どうなったの?」

死神は対岸の街のネオンの映る毒々しい波間を細目で見て、静かに告げた


「…血の海だったよ。」












次頁