(4話) 「…ふふふ、予言書か」 「これもマスターが?」 「いや…だが私の予測通りだ。 次は新興宗教が台頭し、著しい株価の乱高下が起こるだろう。 退廃的な世界…そう、腐れる寸前が美味いのだ。 私好みの展開になってきたな」 「大手企業の社長、闇組織のボス…そして司祭様。 マスターはどの肩書ですやら」 「他にもあるのだよ…死神の様子はどうだね」 「相変わらずですわ」 「そうかね…背中を押してやろう」 捧げられた憐れな子羊 生きながらに少しづつ蝕まれていく生贄。 闇に飲まれ、 自ら息が耐えるまでの制裁を -00:04 迎えにきた悪魔 瞼を閉じれば、笑顔が浮かぶ。 不敵に、シニカルに、捻くれてニッと笑う。 素直に笑うのが下手くそな奴だった。 ありがたいことに、俺の追っ手は俺を発見した パン! 響く銃声…といいたいところだが、サイレンサーを付けて、 的確に狙う為、アッサリと決着がついてしまう。 悲しいことに、俺の祖父は退役軍人で射撃の名手だった。 幼少で既にその教育を受けていれば、いつか役に立つと、俺に徹底して仕込んで くれた。 お陰で医師として従軍したが、その辺の兵士より、武器の扱いには慣れていた。 こちらが、動けずにいて、隠れ屋を変えないのだから、どんどんやってくる その度に一瞬で勝ってしまい、話にならない。 思考は無の状態で反射的に行動し てしまう。 戦場で鍛えられた生存本能が勝ってしまうのだ。 むしろ、飲まず食わずでいるから断食が俺を追い込んでいくようだ また来た。 実弾は切れている。仕方ないので肉弾戦に持ち込んだ。 「グアアアアアア!!」 男の顔がよがんだのを見て、何かを思い出した。 あいつの死に顔は笑顔ではなかった 幸福そうな笑顔とは掛け離れていたことを。 ごくたまに手術の後には疲れてるくせに煙草を吹かして 『フゥ…助かった』 とかなんとか呟いて 『お前の出番は無しだな死神!』 と、疲れながらもホッとしたように、伏せ目がちに軽く笑った。 お嬢ちゃんといる時も、穏やかな目をして慈しむように笑おうとしていた。 俺が抱くと気の抜けたような顔をして、懐かしいみたいにフッと笑った。 ニッコリ笑うことは一度もなかった。 『笑顔ってどうやって作るんだ。』 『作るものじゃなくて自然とそうなるんだ』 『あの娘の為にも、もっとこう、嬉しそうにしてやりたいんだ』 『嬉しいみたいにやってみろよ』 お多福みたいだ。ハンプティダンプティみたいだ。 『酷い笑顔だ、やめとけ』 『いや、やる。』 努力すれば笑えるようになるとでも言うのか。 機械的に作ったような満面の笑みなんて意味があるのか。 『微笑むお前は不気味だ。むしろ、今のままでいい』 『そうか?』 『お嬢ちゃんも俺も顔なんて気にしないさ。 お前が怒ってても心の底で心配してたり、愛情を持っていたりすることまで分か るんだぞ』 『そんな馬鹿な』 『それに、お前が笑ってるの、よくわかる』 『どうして』 『ずっと見てるから、微妙な筋肉の動きが分かるのさ』 『不機嫌だととられることが多いぞ?』 『そりゃあ大半は分からないだろう。だが、お前をわかろうとしていれば笑顔が 見えるよ』 『…これでも、昔より、笑えるようになったんだ。』 『焦らずにいろ。俺と、お嬢ちゃんでお前がもっと沢山笑えるように鍛えてやる 』 あ、寂しいみたいな目をしてる。これは笑ってる 一度ぐらいはフワリと笑うところも見てみたかった。 への字にヘラッと笑ってみるのも見てみたかった。 俺はなるべくお前を大事にして、出来る限りの愛を注いだ。 自然と笑みが零れるように、心が満たされれば笑顔が溢れてくるように 幸福そうに笑わせてやりたい。 幸せそうに笑うのを覚えたお前は ヤッパリ伏し目がちにぎゅっと俺を抱きしめて、俺からは見えないのかもしれな いけれど。 泣いてるみたいに笑うのかな。 ブラック・ジャックが涙が滲むほど幸せだと笑わせてやりたかった。 お前の笑顔が俺の笑顔 お前の幸せが俺の幸せだった なのに 『クソッ…う!』 もっと、もっとだ 「グアア…殺す…なら、殺…せ」 『グッ…ガ……キリ』 まだ、足りない 「アアアア…」 そう、こんな顔。でも、まだ足りない それから俺は何人かで試してみた。首を絞めたり、手で口と鼻を塞いだり。 まだ足りない。 ブラック・ジャックの顔はもっと悲惨だった。 苦しむ人々の姿。こんなに苦しんで、苦しんで… 「逃げられないぞ」 「知ってるさ…」 「痛いか?」 「ア…アア」 「これはどうだ」 「ウグッ…ガ…ハ…!!」 「息が詰まりそうか?」 「早く…殺れ…変態め…」 「そんな気分か。どんなだ、なあ、教えてくれよ。苦しいか?辛いか?苦しんで逝 くのか?」 「不思議な…男だ…絶望だぜ…」 「絶望…」 「あ…んた…何故…泣いてる…」 ブラック・ジャックが 歯を食いしばり 必死に生きた果てに 掴んだのは 絶望 だったのだろうか。 最後の顔を再現して、 ブラック・ジャックが最後にどんな痛みを感じたのか、 その死ぬ痛みを分け合いたかった、分かってやりたい。 我慢強い奴の事だから、きっと平気だとか言うに決まってるけれど。 『……』 見開かれた目、 恐怖感でいっぱいで、 汚されて… 俺が見た ブラック・ジャックの 最後の顔。 俺が見たかったのは 涙が滲むほどの幸せな顔 俺が見たのは 涙が滴るほどの酷い顔 俺の手にかかった者達は一様に苦痛の表情を浮かべ、手足をバタつかせ、涙すら 浮かべていた。 だが、奴には及ばなかった。 歪んだ顔を見て思う。 こんな風に苦しんで逝ったのかと。 こんな風に弄ばれて逝ったのかと。 こんな風に嬲られて逝ったのかと。 「プレゼントは喜んでもらえた…」 今度こいつか。もっと…もっとブラック・ジャックに近づけよう 「何故手を最後まで降さなかっ……まぁ…皆様重傷で殺し屋は廃業で…」 「殺し屋ねぇ…クリアーに侵された従軍経験者かおまえらの組織に邪魔な人間か なんかだろ」 耳鳴りがする。 いよいよ体にがたがきたようだ。よく聞こえないが、単語を拾って答えた。 「御名答。」 「さしずめ、しぶとく俺が生き残るものだから、組織のコマを無駄に捨てるより 、無関係な人間を鉄砲玉にしたんだ。俺が見分けるのも分かっていただろう」 「ええ…は死神なんて言われてるけど、医者は医者。 一般人を殺さ…でも、あんなにするとは意外…」 「俺の殺しは有料だからな、あんたと同じくらいにプロだから。」 「まあ…安楽でも何でも人が死ぬ事には変わりないわ。楽しめるかどうかの差か しら」 「目…」 いつも通り濁った片目でぼんやりと殺し屋を見る とそこに目があった 「ああ、よく血の色だとも悪魔の目とも言われる…」 『ああ、これか。不気味だよな。それに俺の格好…だとさ』 「悪魔…」 顔立ち…背丈…俺のよく知る悪魔に似ている 「マスターが面白いものを見せてくれるそうだけれど…私好みの酷い顔をしてる わね」 腕を組み、 相手を品定めし、 威圧する存在 鋭く目を細め、 口元だけで笑ってみせる。 冷たい笑顔。 …似てる 「また会えて嬉しいわ」 『あんたとは二度と会いたくないね』 「ブラック・ジャック…」 それはまるで俺と、奴が 再会を果たした時のようだった。 次頁