(6話) 「お前は俺と再開した頃の話を一つだけしてやるよ。」 「はぁ…あまり興味ないわよ」 「そのまま寝るなよ、シャワーと歯を磨かないと…だから最後まで聞くんだよ先生」 「面倒臭いけれど仕方ないわね…なるべく短めに区切って頂戴。」 照明を落とした部屋。 「少しだけ触ってもいい?大丈夫、怖くないから」 横たわる私の前髪を指先でいじりながら 死神はベッドの縁に肩口をもたれかける。 「これは…痛くない?」 まるで壊れやすいガラス細工のイミテーションに触れるよう。 肌を避けてそっと指先を髪に絡める。 床に投げ出した足もやはり痩せてより長くみえた 「あれは調度こんな秋。小百合ってコを二人で診たんだ …今思えば小百合が二人を結び付けてくれたんだな。」 -00:06 小百合 「うぁ…すげぇな、あれ見ろよ」 こんな真夜中に病気で公開オペなんか有り得ない。 俺は目的の病室を捜したが、患者が不在だったために、 ブラック・ジャックに邪魔されたかと手術室を当たった。 「ほら…あんたも見てみろよ。」 チラッとガラスごしに見えたのは、男達に犯される奴の姿だった。 ライトに照らし出された中心にいた。 両手は左右に立つモノにそれぞれ奉仕をして、上下の口にも貪欲に含んでいた。 俺はそれを無視して、患者を捜したんだ。 「動いた方が早く治るって先生が言ったの」 「…ちょっと気が早過ぎるね。傷口が開いちまうよ」 「えへっ…だよね?」 そこに少女はいた。 白い光に浮き立つ小さな人型のシルエット。 ときより吹く微風にユラユラと揺らめく。 青い夜、大都会の光にも負けぬ唯一の自然光 燦然と輝く満月を見つめているようだ。 全く…。何処かと思えばここは屋上だ。 鍵が閉まっていたはずだが…どうやらこじ開けたようだ。 少女は助かる見込みのない難病といわれた患者だった。 「ゴメンね、しにがみ先生。あたしが呼んだのに」 「いいんだよ、出番がないに越したことはないから」 少女は近付く俺に嬉しそうに笑いかけた。 だがその口からは少し悲しくなる話が出て来た。 「ね〜『還らずの侍』って知ってる?」 「いや」 「今流行りの殺人鬼。手口が鮮やかなんだよ。 ジキルとハイドみたいな人間が犯人だとか、 一説には傷口から料理人だとか医療関係者かもしれないんだって。」 「そうか。鋭利な刃物でかたをつけるのか。だから侍ね」 「…そいつにパッと切られてしまえばいいやって思ってた。 テレビに写真が出て最後ぐらい有名になって、 ここに存在したんだぞって証を残したいって思ったの。 でも…今は違うの。これからだと思うんだよ」 少女は意志を込めて月を見上げる。 その横顔には希望と書いているみたいだ。 俺は少し安心して、温かな気持ちになった。 少女を支えるようにしながら、同じ月を見上げた。 「それでね…死神先生にわざわざ来てもらったのに、 何もナシだと悪いからプレゼントを用意したよ」 「プレゼント?」 「うん。きっと気に入ると思うよ」 「そんなに気をつかわなくてもいいよ」 「ううん…それに、もうひとつお願いがあるんだけど…」 「なあに?」 「しにがみ先生は優しいから聞いてくれるよね」 「誰にでもって訳じゃないけどね。妹の名前に似てるから特別だよ」 少女の名は小百合といった。 小百合…サユリ。 花のような笑顔がパッと咲く。 薬で髪はないけれど、小柄で楽しげな普通の女の子。 だけれど俺には特別なコだった。 「先生〜お・ね・が・い☆」 「…大人しく病室に帰って二度と無理をしないと約束するなら引き受けようかな」 「ん〜風、つめたっ。とりあえず部屋に帰ろうっと! あ!これから寒くなるし〜小百合はここには二度と来ませんからね!」 「よしよし、いい子だ。それでどうしてほしいのかな?」 それから俺は小百合の言うままにして、 振り回される事になった。 それはあの世間騒がせな『還らずの侍』と… 「ねぇ、ちょっと待ってよ!」 閉じていた赤い目はこちらを意志をもって見返している。 「ん?どうしたの」 「ねぇ…一つ気になるんだけど、小百合って日本人?」 無関心そうだったのに、ひょこりと首を起こしてこちらを見ている。 「ああ、そうだよ。サユリってコは調度12才前後で髪は黒いみたいだった。 瞳も同じ色だけど…ちょっと大きい感じがしたな。」 「よく覚えてるのね」 「可愛かったから。それに何処かで会った気もしたんだ」 「ふーん。ねぇ、それでその…一つ確認なんだけど…。 あなたそのままにしたわけ?ブラック・ジャックを」 物語の冒頭の俺のブラック・ジャックを無視した態度に驚いたらしく、 思わずその事を聞いたようだ。 「ああ…ごめんな…その時お前が俺とは価値観が違うとしか思えなかったよ。」 「へぇ…軽い男だと思ってたのね」 「…それ以上だよ」 軽蔑どころではなかった。 口では正義感のあることを、理想論を唱えるくせに、色んな人間との噂があった。 金さえ出せば誰にでも手術をする強欲な男だと そして、金さえ出せば誰とでも夜を共にする淫乱な男だと。 正直、天才外科医って肩書でそれをウリにした 男娼なんじゃないかとすら思っていた。 その二面性が気持ち悪く、気色の悪い奴だと思っていた。 腕は確かに良いのだと思っていたが、人間として出来れば一生関わりたくなかった。 「あっそ。まぁ、どーでもいいわ」 ピタリといじる手を止めて死神は何かを回想しているようだった。 私はその沈黙が何となく不快に思えて、適当なことを言った。 「…かつての俺はお前を理解する気など初めからなかった。許してくれなくていい。」 どうやら、自らの過去の過ちを思い出していたらしい。 死神の目を潰る表情に後悔しているのが読み取れた。 「俺がお前にしたことも知っていて欲しかったんだ。 お前を大切にしていなかったことも…肌に触れても?」 「勝手にすれば」 冷えた手を私の頬に軽く包み込むように当て、その温もりを感じては、 死神は苦しげな顔をして片目で真っ直ぐにこちらを見詰める。 「すまなかった、ブラック・ジャック。」 こんな風に馬鹿丁寧すぎるほど恋人を大切にしていたらしい死神から 紡ぎ出されるお伽話は、悔しい限りだが私がただ聞き流すだけの、話ではなかった。 「…話は分かったわ。続けて」 「はい、今日はここまで。どう、少しは興味が沸いて来た?」 「とても眠たかったのよ、うんざりよ」 「はいはい、清潔にして寝ようね…歯磨きは一人で出来る?」 「当たり前よ!馬鹿にしてるワケ!?」 次頁