(9話) 「きいちゃんッ…ヤッパリ、ウソだよね?ジョークだよね」 うそじゃないよ 「そんな…ウソだよ、ずっと、これからもずっとともだちだって… おじいちゃんになってもいっしょだって言ったじゃない」 え〜くおちゃんなんか飽きちゃったよ つまんないもん 「もう…あそばないの、キライいなの?」 キライじゃないけど…別にわざわざ会いたくなんかないよ あそんでもゼンゼン楽しくないもん。 くおちゃんなんかいなくったって、ぼくには家族も友達もたくさんいるし。 「きいちゃんは会えなくてもいいの?」 だから、くおちゃんに会わなくてもぼくは別にいいってば! 「…う…そん…な……きいちゃんのバカ!うあああああ!!」 ああそうだ、この写真の原因。 そう叫ぶやいなや、屋根に登ったんだ。 この写真に写る救出は、お芝居みたいだった。 「そう…屋根からおちるとこだったよ。助けてくれてありがとう」 また泣き出して屋根に登っちゃうかと思ったら、ようやく諦めたみたいだ…。 「今までありがとう…いっつも心配かけてごめんなさい。 そうだよね、きらわれて仕方ないよね 俺…もう泣かないから…きいちゃんがいなくっても、ぜったい夢を叶えて、 ちゃんと立派なパパみたいな大人になるよ」 「さよならは言わないよ。 きいちゃんがシアワセになるように、神社とかにお願いするからね」 …。 「きいちゃんが夢を叶えてお医者さんになったらさ、キラいでもさ、もし、 もし俺が死んじゃうみたいなケガをしてたらその時はまた助けてくれる?」 たぶん。 「そっかぁ。じゃあケガとかしてとっても痛くってもさ、 きいちゃんに会えるかも知れないから泣かないよ」 ……。 「きいちゃん、元気でしあわせになってね。 俺の分もしあわせになってほしいぐらいだよ」 「きいちゃん、俺は大好きだったよ。 きいちゃん、きいちゃんッ…俺は会えてよかったよ」 赤い目からポタポタと大粒の涙 泣きながらそれでも励ますみたいに最後には笑ってみせた。 今でも淡く覚えている。チクリとした胸の痛みを。 あの海の向こうにまで 自分の力でいけるようになったら その時は…彼には愛が足りないはず それを補う力を持ちなさい 「それに…あなたは黒男君を愛しなさい」 -00:09 セピアの海を越え行く者 俺がハイスクールに通っていた頃。 病室で母は言葉を選びながらも、何かを伝えようとしているのが分かった。 『あのコどーしてるかな?』 事の発端は俺が何となく発した一言だった。 母は何度も俺の意志を確かめて、しばらく考えこむようなそぶりをして、 それから重い口を開き、意味ありげな言葉を発した。 「え?俺…許婚とか無理だよ。自分の愛する人は自分で決めるよ」 「…そうじゃなくて愛にも色々形があるのよ。 兄弟、師弟、恋人、保護者…どんな関係でもいいわ。あなたは彼を愛してあげて。 慈愛、同情、恋愛、何でもいいから。 どんな形で彼を愛するか、それはあなたが決めなさい。」 「母さん…何でそんな事言うんだ? あの子は影三おじさんが離婚して、 みおおばさんと義理の父親と幸せに暮らしてるって言ってたよな?」 「…あなたも少しは大人になったから。黒男クンの話をしてあげるわ」 まさか…そんな 「本当のことなの。」 「そんな…なんて話だ……嘘だ…」 「混乱する気持ちはわかるわ。事実はこうなの、受け止めなさい」 意を決したようにして母が語った事は、衝撃的な事だった。 幼い日に別れた数日後。くおちゃんが、母子ともに不発弾による事故に遭い、 みおおばさんはまもなく死去し、 くおちゃんは助かったらしいが、現在は生死すら不明ということだった。 影三おじさんは家族を失ったのショックから、重度の精神病にかかっていると母は語った。 ただ、影三おじさんが暴行を受けていたことはやはり伏せていが。 「…母さんが今までこの事実を伏せていたのは俺が小さかったからショックをうけると思ったからだろ。 でも…何故、なぜ母さんはその子を探さなかったの?」 母はお節介の世話やきだった。 そんな母が、影三おじさんの世話を父としていたようだが… 幼い子供を今まで素知らぬふりをして、放っておくとは考えられなかった。 母は眉間にシワを寄せて、固く手をにぎりしめた。 「5年よ」 「え?」 「5年したら私は迎えに行くもりだった…けれど、私はここから動けなくなってしまったわ」 「父さんじゃだめなのか」 「エドはマークされてるの。彼の存在が知られてしまうから絶対にダメよ」 「誰に?ねえ、何で10年も経って今更?」 「……人々の記憶から影三クンの子供、”影三クンの大切な人”を消さなければならなかった最低限の年数よ…。 だからあの子は私達に近付いてはいけなかった… それは私達ぐらいではどうにもならない宿命だった…。」 「どうして母さんでも敵わないのか?」 「そうね…もし私が5年と言わずにすぐにでも黒男クンを迎えにいけば彼を守るだけでギリギリだったと思うわ。」 「ギリギリセーフなんだろじゃあ…」 「ただし!ただし私はあなたとユリの母親なのよ。つまりあなたを守る義務があったわ」 「俺を守るため?」 すると母は苦しそうに呻いた。 こんなに苦悩に満ちた告白を聞いたことはなかった。 「そう。あなたはそうやっていきがっているけれど、兄として妹を守っていたけれど、 あなたはやはり庇護の必要な未成熟な子供よ。私は早く黒男クンを救ってあげたかった。 彼の不遇な環境を私は知っていたわ…けれどあなた達も守るためには迎えにいけなかった。 ようやく5年経ってそれが叶うはずが…今の私は他人は愚か自分の命すら守る力がないわ…忌ま忌ましい…!!」 俺はその時、思い当たる節があった。 それは幼い日にあの子の父親に「よく覚えておくように」と言われた言葉だ。 『君は黒男と二度と会ってはいけない。君の人生が無茶苦茶になるんだ』 『君が死ぬようなめにあう時がきたなら黒男のせいだ』 『君が不幸になるなら黒男と共に生きることだ』 …いやだよ影三おじさん、いやだ… …仕方のない事なんだ。いいかい、あの子は無茶をする。 きっと私が言い聞かせても、どんな手を使っても必ず君に会いにいくだろう。 それはとても危険な事なんだ。 …僕に会うと黒男君が危なくなるの?… …そうだよ。そう言い聞かせてもあの子は君に会いにいくといって聞かないんだ… …くおちゃんは狙われてるの?… …そう、君といると君を巻き込む事にもなるんだ。 黒男はキリコ君が大好きだよ。 だから君が自分のせいで怪我をしてしまう事になったらどう思うかな?… …泣いちゃうと思う… …これは黒男の為でもあり、君自身のためでもある。エドとメアリは好きかい?… …当たり前だよ… …親にとって子供は自分自身よりも大切に思えるものなんだ…きいちゃん自身を大切にするんだ。 黒男も君の幸せを願うはずだよ… …くおちゃんが?… …ああ、君が元気で友達と楽しい思い出を沢山作って。 お医者さんだっけ?君の夢を叶えて、幸せでいてほしい…それが黒男の願いだよ。だから… …分かったよ、おじさん。僕が、くおちゃんになんか二度と会いたくないっていえばいんだね… 「突然そんなこと聞かされても正直…よく分からないよ、けど」 「けど?」 「会いたいって思ってるよ。」 混乱する俺の思考に解を導くかのように母はスッと手を振り下ろして、太平洋を指した。 「キリコ。そういう事だから今のあなたは彼に会ってはダメなの。 興味本意で黒男クンに会いたいぐらいの中途半端な気持ちなら、二人分の命を無駄にするだけよ、止めておきなさい。 あなたには重大な決意がいるの。 自分の身を自分自身で守りぬくという覚悟よ。 本当に会いたいのなら彼の居場所を自分の手で見付けてみせなさい。 その頃にはきっとその手で彼も自分も守れるはずだと母さんは信じてるわよ。 あの海を自分の力で越えてみせなさい。 母さんは信じてるわよ、私を越えられるかもしれないあなたの父親譲りの才能をね。」 大人になり、世界中を飛び回るようになった俺は、仕事は勿論、プライベートでも「間 黒男」を捜しに日本へいった。 彼について何の手掛かりも無かった。 彼の両親から辿ろうともしたが、困難を極めた。 頼りになったのは俺の記憶の中にある、彼の家のあったあの風景だった。 そこからは海が見えた。 そんな所は日本中どこにでもあった。 俺はより捜査に時間を費やすためについに日本に移住して、暇があれば彼の痕跡を捜した。 戸籍すら盗まれていた。 汚れと間違うぐらいの薄いシミのような痕跡をか細い線で結び付けた。 だがそれも大学まででぱたりと切れ、「間 黒男」は消えた。 …間くん、朝の会の司会だよ、ホラ起立って言って ……。 ねぇ、卒業式はお父さんも来る…あ、ゴメンね ……。 『あぁ…いたかも…いたっけなー。あの子無口だったから。正直名前も顔もよく覚えてないんだよね。 あ…でも一度だけ』 …先生、間君が!! …あ、ああ!うああああ!! 『理科の実験で水素を試験管で爆発させるのがあって…それからしばらく学校に来なかったな。 幸薄そうで…生きてるのかな?』 表情がなくなり、感情が押し込められてしまう。トラウマにより衝動的に感情が爆発する。 それは現代でいう、うつ病のようだった。 …フランケン、目も赤いし気持悪ィよ…おまえ、この傷、全身にある訳…?……。 …あっそ、脱がせろ!ツギハギを数えてやるよ、ゾンビ。 …いや、だ。 …ほら、逃げてみろ…動きがイモムシみたいだマジキモいぜ …助け…誰か…誰か…助け…て… 『笑ってる顔もなにも…表情のほとんどない子だったよ。 そういえば中学三年間いじめられてたな…動けなかったみたいだし、ターゲットになりやすかったみたい』 …間!どうしてスロープがあるのに階段を通ろうとしたんだ。 こんな高さから落ちたら、危ないだろう ……。 自らを傷付けようとする。猛烈ないじめにより、うつは進行し、自殺願望すら抱いていたように思う。 …あ、の間先輩付き合って下さい …ブス。 …ヒドい先輩!そんな断りかたないですよ!? …勝手にしろ。俺は違う種類の人間さ 医大の受験勉強がある、邪魔だ。 それとも…援助交際ならしてやるよ。 …おい、間ってのはお前か? …誰だ貴様らは。 …妹に恥をかかせたな、仲間も連れてきてやったぜ…動けない体にしてやる …面倒だから全員まとめてかかってこい。腕馴らしに調度いいな…半殺しにしてやる。 『高校ね…成績は抜群に良かったし、ケンカは強かったぜ。顔もあんなだけど、 女にウケる訳。でも何か陰気臭くて、結局一人だったぜ』 まるで別人のようだ。それは今まで溜まりに溜まっていたものが暴発したみたいだ。 自由になった体でまずやりたかったのは仕返しをすること。過剰すぎる自己防衛のようなものだ。 …名前も戸籍も棄てられて。不意に自分が惨めだと思うんだ。 …そうなの? …振り返れば誰も、誰もいないんだ。 …クロちゃんは孤独を望んだ訳じゃなかったんだね。 …マクベ…お前さんだけが頼りだ。 …大丈夫。僕はクロちゃんの背中を今でも押してるんだ。これからもずっと親友だよ、嘘はない 『フフ…クロちゃんの事?カワイソウなコだよ。 僕以外に相手にされなくてね、依存してたよ。だからね…僕が言うコト何でも信じちゃうの。 捻くれて見えるけど本当はね、ほんの少しでいいから愛されたいだけなんだよ…クス…』 極めつけは幼なじみの漏らした内容だ。 一方の俺は今でこそ修羅場をくぐる毎日だが、 「くおちゃん」が願っていてくれたせいだろうか、比較しようのないほど、平凡な家庭で平和な思春期を過ごしていた。 会えないのだと分かった時は身を裂かれるほど悲しかったはずなのに、 時がたつにつれ、その喪失感など忘れかけていた。時たま思い出しても、 過去のとりとめのないアルバムの中の話だった。 探し始めた頃は今頃どうしるかなぁ、彼女でも出来たかな、船乗りになれたかな…と、軽い気持ちで考えていたが。 俺とはまるで真逆の20年 彼は決して幸福とは言えなかった。 彼の人生を辿ろうとすればするほど、自分自身を責める気持ちになった。 何かしてやれなかったのか なぜこんなことに…? 後悔と罪悪感に償いを、何かしなければならない気持ちになっていた。 母に言われなくても、俺はきっと彼を探しただろう。 だが、様変わりした彼を愛する勇気は湧いて来なかったかもしれない。 「ふーん。それ、漫画みたいなシュチュエーションね。」 俺があの時少女にプレゼントされた写真を説明した。 「まあね。写真は小百合ちゃんの母親のいとこの遺品だったんだ。」 「分かったわ。そのみおという女性がいとこで小百合という子はどこか似てたから見た事があると思ったのね」 「ああ。それに小百合という名前は、俺の妹のユリと同じだったんだ。みおおばさんを偲んだ名前だったんだ。」 少女の母親は、従姉妹であるブラック・ジャックの母親を年離れた姉のように慕っていたそうだ。 俺の妹の名前は、みおおばさんが直接の名付け親みたいなものだ。 少女の母親は彼女が亡くなり数年が過ぎたものの、その思いは消えずに、 自分の娘に彼女が好きだった花の名前が入るようにしたそうだ。 「おばさんがこぼした種が育ったんだなと思うよ。」 「名前って不思議なものがあるのね」 「そうだ。それが奇跡を起こす事もあるんだよ」 「奇跡?」 不発弾の事故で間家は全焼した。 当然ながらアルバムの類いや貴重品など身につけていたものすら、破損してほんの少ししか遺らなかった。 おばさんは事故の前、写真を預けていた。それだけが唯一残されたもののようだ。 長らく引き取り手が無かったそうだが。写真館のおじさんは記憶力が自慢だった。 少女の母親はみおおばさんに似ていた。 写真館は依頼主だと勘違いして得意げに手渡したらしいが、 母親は、おばさんの遺品かもしれないと受け取る事にしたそうだ。 「その写真、あたしのお母さんが高校生の頃じゃないかって。 その写真の男の子にこれを渡したいって言ってたけど見付からなくて。」 「そうか…小百合ちゃんは見つけなくていいの?」 「それはしにがみ先生にあげたから、先生が見付けてあげて」 また、少女に頼まれ事をされた。それは俺自身の望みでもあった。 「届けられるように、ヒントをあげます」 「なに!?く、下さい!!」 「男の子をよく見て…誰かに似てない?」 「誰か?」 「さっき会ってるよ」 全く見当がつかない。 くおちゃんはお母さんが大好きだった。もちろんお父さんは目標にしてて。 俺の家族も、俺を大好きでいてくれた。 ちょっと夢見がちで、泣き虫で、虫やお化けが恐かった。すぐ泣いたり笑ったり、 気持ちが素直に表にでて、コロコロ表情が変わった。 そして誰より純粋で優しい子だった。 一緒にいるだけで楽しくて、ずっと、そうしていたかった。 となると…まさかあの外科部長だろうか?確かに垂れ目で愛想はいい 「もっとみて」 大きな目だ。茶色い…まて、これは20年たってるから色褪せてるかもしれない、 となると…鮮やかな色かも… 「あ」 ちょっと細身の見た目で長身で年齢不詳だ。清潔感はあるが前髪が長く、表情がよくわからない だが、 『こ、こんにちは、ドクターは安楽…』 『その通りですよ…お構いなく。お互い会わなかったことにしましょう』 『は、はい。』 おどおどしては汗を拭く。 『私はオペが…失礼しま…す』 『え?あなたがオペを』 『あ、ハイ』 俯き加減にヒタヒタと逃げるように去っていく。 「い、院長?」 「……しにがみ先生ちゃんと写真から考えてよ!ニブ〜い」 ダメ出しをされてしまったが…。 「はぁ?意味がわからないよ」 少女はフフンと得意げ話す 「だ〜か〜ら、小百合は写真館のおじさんにそのちっちゃく写ってる男の子と ブラック・ジャック先生の写真を見て貰ったのだ!」 「そしたら似てたんだろ?また他人の空似じゃないの」 「ううっ…でもね、ここに写る男のコもなんだかしにがみ先生に似てたから」 「そうか…だから仲良くして欲しかったのね」 「うん。」 確かにそこに写っているのは俺だ。 そう、確かにくおちゃんと俺は仲良しで、今でもそうしたいと願っていた。 必ず再会したいといつも考えていた。 『手術料の倍は稼げるんだぜ』 『死神なんか殺してやりたいってな』 俺の大切な幼馴染みとブラック・ジャックとを結び付ける事が出来るのは 世界広しと言えどもやはりこの少女ぐらいだと、呆れてしまった。 「小百合ちゃん、その通りだよ、ありがとう…ちょっと」 俺はブラック・ジャックと少女のツーショットをふいに見た。 「黒男…ブラック・ジャックのニックネームなの?」 「ううん。プリクラだと長いから名前入らないもん。だから本名だって」 「本名?」 「名前なんかちょっと変わってるからなかなかいないよ。 間 黒男だって」 何を言ってるんだこのコは? 「あわわ、げ、外科部長が何でこんなことに…!!」 「知らん。とにかく緊急オペだ!」 廊下の向こうからブラック・ジャックの怒号が聞こえた。 混乱する思考。 奴が彼なのか確認やわかりあう暇もなく その時にはすでに 『還らずの侍』の危機が奴に迫ってきていた。 俺には間 黒男が誰なのか 迷う時など 一刻も残されてはいなかった。 次頁