(3) 彼は、ぐったりと意識を失ったままだった。 衣服を身に着けると、彼の診療所へと出向き、採血に必要な器具を失敬してくる。 どれも、よく手入れされているそれらは、彼の性格を現しているようだった。父親に似ず、几帳面だと思う。 駆血帯を上腕に巻き、肘正中皮静脈を確認した後に酒精綿で消毒をする。 それでも、目を覚まさない彼の静脈に、真空採血管用ホルダーを接続した針を刺入した。 親指で、穿刺部の皮膚を引っ張るように押さえながら末梢側の皮膚を穿刺する。 「……う……」 彼は僅かに身じろいだが、それでも意識が覚醒する気配はなかった。 刺入針が動かないようにようにホルダーを固定し、管を差しこんだ。赤い血液が、ゆっくりと容器を満たしていく。 簡易検査とはいえ、厄介なことにある程度の量の血液が必要だった。 それでも、彼は起きる気配はない。 それだけ酷い仕打ちをしてしまった。 眠る彼の表情は、安らかなものではない。改めてみれば、やはり彼は父親に似ていると思う。 ただそれよりも目を惹くのは、顔面を斜めに横切る手術痕と、色の違う移植された皮膚。 そうやって、君は生きてきたのか。 私は、今日初めて、ブラック・ジャックと呼ばれる医師に遭い、そして彼を陵辱した。 BJと呼ばれる天才外科医がいる噂は知っていた。どんな難治性疾患も手術で回復させるのだという。 それが日本人医師であることも、高額な報酬を巻き上げることも。 そして、彼は死神の化身と呼ばれる闇医者と深い仲だということも。 死神の化身が、自分の息子であることは知っていた。だが別段それを気にしたこともなかった。 寧ろ、そんな相手がいたのだということに、密かに安堵さえした。 息子は人と関わるのを、一切、やめてしまったと思っていたから。 だがそれが、間 影三の息子だと知った時の衝撃といったら。 BJが影三の息子なのだと知ったのは、つい最近であった。それほどまでに、彼は鮮やかに本名を隠してみせていた。 それは、父親へ対する反発なのか。 それとも彼の恩師であるドクター本間に、本名を隠すように言われていたのか。 なんの因果か。いや、息子の人生に口を挟むべきではない。 だが、それでも。 そんな折に、間からメモが届いた。 その内容に、私は愕然とする。 『時間がないんだ エド』 それは、彼が洗脳薬とも言える薬剤を開発したこと、また全満徳がBJに対しそれを使用するであろう危険を示唆し、 助けて欲しいのだという内容だった。 彼は洗脳薬の開発を全満徳に命じられ、開発に成功。だが同時に、 その洗脳薬に対するワクチンをも極秘に開発していたのだという。 『そのワクチンが、君だ』 そう、綴られていた。なんでも、現在、私が自ら被験している経口薬をその薬物と入れ替えたというのだ。 言われてみれば、数日前から、データに奇妙な乱れが見えたのは、そのせいか。 恐らく私の体内でできたであろう免疫は、培養すればワクチンとして使用することができる。 だが、それだと時間がないのだという。 全満徳が、BJにその洗脳薬を使用する前に、助けて欲しい、と。 恐らく、体液中もある程度の効果はある。 だから、吸収率の高い腸粘膜に私の血液、もしくは体液を注入するのが、手っ取りはやい。 つまり、私に黒男くんを、抱いて欲しいのだと。 悲痛な叫びだった。苦しみぬいた結論であったのだろう。 そうでなければ、彼はそんな事を言えるわけがない。 大切な、大切な息子を、男に抱いてくれなどとは。 それでも、息子を守る為には、これしか方法がないのだという。 影三。 君が苦しんでいることは、誰よりも知っている。 大丈夫。君の罪を私が背負うから。心配しなくていい。 診療所の施設を借りて、BJの抗体反応を調べていた。 数分後に結果が出る。この行為が無駄であったか、それとも。 BJに遭うのは、初めてだった。 だが、眼つきこそさすがに鋭いとは思ったが、他のパーツは父親によく似ている。あの少年が、こんなにも成長していたのか。 行為はなるべく冷静に行った。 彼を、BJを傷つけてしまうことは、分かっていた。だけど、他に方法がないのだから。 ベッドに彼を押し付けた時に、本当に一瞬だけ錯覚してしまった。 「…影三…」 思わず名前が口から零れ落ちる。その名前に彼は敏感に反応していた。 「違う!俺は…!」 何度も、何度も彼は訴える。自分は影三ではない、と。 知っている、分かっている。だけど、だけど。 「い、やだ!……ああ…!」 だけど、苦しむ彼の表情が、影三と重なる。それが辛かった。 お願いだから、そんな顔などしないでほしい。影三、君を、苦しませたくない。 「影三…」 「やめろ!」 肌に触れ、なるべく苦痛を逃せるように。 それでも彼は自尊心が強いのだろう。受け入れながらも、何度も苦しそうに拒否をする。 何度か快楽の兆しがみえるが、それでも彼はその感覚総てを拒んでいた。 それでも、私は、彼を抱くのが目的だから。 彼の後孔に触れると、体が強張った。 「はなせ、や、めろ…」 弱弱しい懇願だった。自分の指を口に含み、それを彼の後孔に差し入れる。 抵抗は少なかった。指を増やしてバラバラに体内を刺激する。 その一箇所に触れるとびくりと体が跳ねた。だが、彼は声あげなかった。 ペニスを挿入すると、彼は歯を食いしばって、視線を反らす。 残酷なことをしていると思う。 それでも、彼の肌を弄り、律動を開始すると、慣れていたのか彼の口からは嬌声が迸る。 「…あ、……ああ!…キリ……」 何度も、何度も、何度も。 数回目には、彼の意識はほとんどなかった。だが、最後に意識を失いかける時、 彼は少しだけ表情を緩ませ、小さく名名前を唱える。私の息子の名前を。 「…すまない…黒男クン…」 彼の体を清潔にし、診療所から採血用の道具一式をもってきた。 彼の抗体を調べる為に。 こんな短時間だというのに、結果は出た。驚くべきことだった。 彼はまだ、洗脳薬は使用されてはいなかった。 結果が分かった以上、長居は無用だ。グズグズしていたら、全満徳に気づかれてしまうだろう。 家を出る前に、ふと、電話が目に映る。 時間はないのだが、私はその受話器を手にとり、覚えのある番号を。 「…はい…」 日本語だった。だが、その声は聞き間違える訳がなく。 「キリコか…私だ…」 向こう側で、息をのむ気配があった。構わずに、口を開いた。「今、BJの家にいる。私はもう出るが、すぐに来て欲しい。彼の為に」 「…BJになにをした…」 低い息子の声。抑揚はないが、だが。ああ、キリコ済まない。 「済まないが、時間がない。すぐにココに来るんだ」 「BJに何をした」 「キリコ」私は、言った。「本当に大切なら、絶対に手放すんじゃない。守るんだ。命にかえてでもな」 言い終わると同時に、電話は切れた。 まるで、私たちの関係のように。 空港につくと、館内放送で呼ばれる。電話がかかってきたのだという。 まさか影三だろうか。 渡された受話器を耳に押し当てた。聞こえてきたのは、流暢な英語。 「ご苦労だったな、ドクタージョルジュ」 「…全……」 予想しなかった人物に、言葉を失う。 それを察したか、相手はくっくと笑って言葉を繋げた。「黒男を抱いてきたか。自分の息子の恋人を寝取るとはな」 「…何か用事でも」 「例の薬だが」全満徳は言った。「黒男に使用できなくなったからな。仕方なく、影三に使用した。それだけ言っておこうと思ってな」 「な、んだと」 周囲の音が一瞬で消え失せた。 目の前が真っ暗になる。 「従順で可愛いぞ。効果は絶大だ」 明らかに、笑った声で全満徳は告げた。「私の声しか聞こえないというのは、最高だ。 まあ、嫌がる姿がもう見れないのは、残念に思うがね」 「貴様…!」 受話器を持つ手が震える。叩きつけるように電話を切ったが、全身の怒りは収まらない。 そうだ、恐らく影三は予感していたはずだ。 その洗脳薬を使用する人間は、黒男か、自分であることを。 そうまでして、守りたかったのか。 息子このことを。 「…影三…!」 足が動かない。どうして、君は、君がそんな目に。 だが、まだ望みはある。 思い足を引きずるようにして、ジョルジュは歩き出した。 自らの罪を背負い、もう一つの罪を犯すために。Love passed each other 次頁