R-15※作中の行為はあくまで二次創作上のものです。
それらの行為を助長する等の目的は一切ございませんので、ご理解の程、よろしくお願いします。



(8)


 裸電球が一つだけぶらさがる石壁の室内は、そのたった一つだけの照明では十分に役割を果たせない。
 だからなのか、この室内には強力な光を発する簡易照明が幾つかあった。
 その簡易照明の光は、今、部屋の隅にある大きな台に光を浴びせている。
 木製のその台は、天板にあたる部分にのみ、革張りの保護がしてあった。
 それは医療施設では、診察台として使用されるものに似ていたが、特注であるそれは、市販されているものとは少し異なる。
 先ずは大きさ。二人は余裕でこの台の上にのりことはできる。
 そして台の四隅には、両手足の自由を奪うための、皮製の拘束具が。

 
「…ぐっ……ぅあ…!」


 今、まさに使用中の台から、男の呻き声が、低く室内に響いていた。
 断続的に聞こえる男の声は、途切れることがない。
 拘束されている男の肌はところどころが裂かれ、血が滲んでいる。
 だが男の苦痛が生まれるのは、その傷からではなかった。
 男の上に覆いかぶさる影。
 影は男の両足の拘束を解き、片足を肩に担ぎ上げている。
 そして、大きく開いた男の股間を乱暴な手つきで、甚振っていた。
「…もうっ…やめ……!」
 男が震えた声で、叫ぶ。だが影は薄く笑いを浮かべたまま首を横にふった。
「そ、んな……」その無常な回答に、男の声は涙を含む。「…頼むっ…もう…エドっ……!」
「駄目だ」
 やはり無常な声。
 男の鳶色の瞳から涙が溢れる。
 それでも男の口からは、呻き声と、時折、嬌声と、
「…もう…許し……っ…助け……エドワー…ド…!」
助けと許しを請う叫び声が。



 自分の叫び声で、目が覚めた。
 ソファーの上で荒い息を吐きながら、ジョルジュは闇を凝視する。
 夢か、夢だったのか?
 厭になるほどのリアルな感触に、全身が総毛だった。
 大きく息を吐き、目を閉じる。
 夢、だったのか。
 その事実に僅かに安堵する。そう、僅かだけ。
 夢の中で、自分はある男を犯していた。
 それは、セックスと呼ぶにはあまりにも陰惨で、相手を傷つける行為。
 そう、あれは陵辱。強姦と呼ぶ代物。
 実際にそんな経験はなかった………半月程前までは。

 半月前。私は青年を陵辱した。

 理由があった。正当な事情があったが、陵辱したには変わりない。
 しかもその青年は、自分の息子と恋人関係にあるという。
 許されないことをした。取り返しのつかないことを。
 
 その日以来、夢を見る。

 青年を陵辱する夢を。青年が苦しみ、息子の名を呼んで助けを求める。
 しかし、それを無視して、陰惨な行為を続行し続けていた。
 だが、その青年がいつの間にか、別人へと変わる。
 場所も石壁の部屋へと。
 彼は、私の名前を呼び、私に助けを請う。怯えた表情で、泣きながら。
 あの映像で彼を犯し続けるのは、私自身。
「…影三…」
彼の名前を唱え、頭を抱える。
例のビデオ映像。彼を陵辱する全満徳が夢の中では自分と入れ替わる。
そう、酷い拷問を加えるのは、私。
影三を犯し続けるのも、私。
気が、狂いそうだった。
いやもう、狂っているのか。
 ソファーから立ち上がり、ジョルジュはパソコンを起動させた。
 どうせ、寝なおすことはできないのだ。
 熟睡することなど、出来なかった、たとえ眠りに落ちても、数時間で目が覚める。
 起動画面を眺めながら、ジョルジュはふと息子のことを思い出した。
 キリコは黒男クンの元へ駆けつけただろうか。
 今頃、怒っているだろうな。
 『怒っている』などという言葉ではあらわせられないほど、息子は怨み、憎んでいるだろう。
 当然だ。それほどのことをした。
 だが、それほど想っている相手がいることにも、身勝手ながら安堵していた。
 守りたい人間がいる限り、生きてゆける。
 想う人間がいる限り。
 キリコ。お前は私を殺したいほど、憎んだだろう。
 その時は、自ら逝くから。お前の手を煩わせることなく。自ら逝く覚悟はあるから。
 だから、黒男クンを守ってほしい。
 私のように誤ることなく、確実に。




「ひと月だ」全満徳は笑って命令する。「ドクタージョルジュ。君の仕事は、ひと月で洗脳薬の完成とワクチンの精製。
それだけだ、簡単だろう?」
「…やってみせましょう」ジョルジュは言った。「では、ワクチンの被験者は間クンでよろしいのですね」
「仕方がないな」
愛しそうに、満徳は影三の肌を撫でる。「可愛い、影三。しかし、やはりあの気の強い跳ねっかえりも捨てがたい」
「……」
今にも殴りかかりそうな感情を、押し殺す。ここでこの男を殴ったところで、状況は変わりはしない。
 影三の研究室にゆき。この洗脳薬の資料を丁寧に見る。
 驚くほどの膨大な量だった。これは、数ヶ月のものではない。
 パソコンの中のデータも膨大だったが、紙資料の数が半端ではない。
 もしかしたら影三は、命令されるもっと以前から、この危険な薬の研究をしていたのではないか。
 何のために?
 疑問を抱きながらも、パソコンのファイルを浚う。
「ドクタージョルジュ」
 ふと名前を呼ばれ、顔をあげると、無表情の影三がドアを開いて、そこに立っていた。
「…どうした、影三」
「全大人から、これをお渡しするようにと預かってきました」
 手には、CD-ROMが数枚。それを、ジョルジュは受け取った。
 堅い口調。彼は例の洗脳薬によって、全満徳の望む忠実な人形に。
 あんなにも意思の強い光を放った鳶色の瞳も、今はただのガラス球のようだった。
「ありがとう」
 顔を見ずに、ジョルジュは口早に礼を言う。
 とてもじゃないが、今は、彼の事を見ることができなかった。
 それなのに
「ドクタージョルジュ」
 名前を呼ばれたかと思うと、唐突に唇に柔らかいものが触れる。
 それが、彼の唇であったと理解するのに、数秒はかかった。
「……っ……!?」
 しっかりと頭を掻き抱かれ、逃れることができなかった。
 彼の舌先がジョルジュの口腔内に侵入し、ねっとりと舐められる。
 息苦しさと共に、この彼の行動に頭が追いつかなかった。
 何故、どうしてだ。  
 疑問が浮かびあがり、そして考えうる可能性を精査しようとするが、彼の口付けに総てが溶かされる。
 何かの罠であろう…そう思う。だが、このまま彼へと溺れてしまいたかった。
 何もかも忘れ、この甘い口付けのように、彼を貪り、彼をこの手で抱いてしまいたい。
 彼の息子を抱いたように。
 連日の睡眠不足が祟ってか、ジョルジュは彼に押し倒されるような形で床へと倒れこんだ。
 ゆっくりと、唇が離れてゆく。
「………。」
 名前を呼ぼうと口を開いても、空気がひゅうと鳴っただけで、音にはならなかった。
 見下ろす瞳の色は、相変わらずガラス球のようだった。
 彼はあっさりとジョルジュから離れると、今度はジョルジュのベルトに手をかける。
「影三!何を…」
「言いつけを言付かってきました」彼は言った。「全大人から、言いつけを言付かってきました」
 その言葉に、総てを理解した。
 つまりこれらは総て、全満徳に命令されてきたことなのだ、と。
「やめろ…影三…!やめるんだ!」
 ベルトを緩めてズボンの前を寛げる。そしてジョルジュの性器に触れて口に含もうと。
「影三!」
 渾身の力で彼を突き飛ばした。
 そんなこと、させたくない。操られている君には、させられない。
 彼に体液を注入すれば、もしかしたら薬の症状を緩和できるかもしれなかったが、そんなことを思いつく余裕すらなかった。
 突き飛ばされた彼は、苦しそうに顔を歪めると、大声で奇声をあげた。
「うわああぁああ!」
 全身を掻き毟り、床をのた打ち回る。ばたん、ばたんと体を床へと容赦なく打ちつけながら。
 それは麻薬の禁断症状にも酷似していた。 
 それを呆然と見つめていると、彼は左腕の包帯を掻き毟りはじめた。
 彼が命令されて傷つけたそれを。
「やめろ!」
慌てて腕を掴んで止めさせる。正気じゃない今、包帯がとれたら縫合部位を傷つけてしまいそうだった。
彼は自分を制止させた腕に、噛み付いた。
「っぐぅ!」
肉を食いちぎりそうな強さだった。あまりの痛さに手が痺れる。
まるで獣のような行動だった。。
「可哀想に、影三。もう、やめてこっちに来なさい」
 声が聞こえたかと思うと、彼はあっさりと噛み付くの止めた。
 そして、声の主へと歩み寄り、そして甘えるように縋りつく。
 まるで、信頼しきっている唯一の存在のように。
「命令を遂行できなければ、暴れる」満徳は、嘲うようにジョルジュを見下ろしながら「詳しいことは、そのCD-ROMに入っている。
影三が薬を打たれてから、こうなるまでの記録だよ」
「全大人……」
縋る彼の頭を撫で、満足そうに満徳は告げる。「可愛い、影三。ご苦労だったな。ご褒美に抱いてやろう」
「はい」
 嬉しそうに、本当に嬉しそうに彼は笑って答えた。
 それは、本当に嬉しそうな、笑顔だった。

 誰もいない研究室で、ジョルジュはパソコンにCD-ROMを挿入する。
 もしかしたら。
 思わず、そんな事を考えてしまった。
 影三は深層では全満徳を信頼し、愛しているのではないか、と。
 本当は、
 彼に囲われ、彼に尽くすのが、嬉しいのではないか。
 あの嬉しそうな笑顔が、脳裏から離れない。
 少なくとも今は、彼は全満徳からの言葉が、嬉しくてしょうがないのだ。
 彼に命令されることも。
 彼に抱かれることも。
 同じ行動なら、今のほうが、影三にとって幸せなのではないか。

 分からない。
 もう、何が真実なのか、何が現実なのか、何が正しいのか。
 もう、何も、分からなかった。









truth in you
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