R-18※作中の行為はあくまで二次創作上のものです。
それらの行為を助長する等の目的は一切ございませんので、ご理解の程、よろしくお願いします。



(10話)


そこは、やはり石壁の暗い部屋。
両手を頭上で一括りにされた彼の顔は、青黒い痣で腫上がっている。
「お前はマゾヒストだな、影三。そんなに私に責められたいか」
豊かな体の男が、優しく彼の頬を撫でた。不気味なほど、優しい仕草で。
「…まさか…」
 息も絶え絶えだったが、彼は皮肉気に笑ってみせたのだ。「…俺は…いつまでも…あんたの操り人形じゃない…俺は…!」
「お前は、私のモノだよ、影三」
言葉を遮り、彼が手にした鞭が鋭く唸る。
切り裂くそれは、恐ろしい音と共に彼の肌を残酷に切り裂いた。
「……っ!」
 歪む彼の表情に、満足したように男は行為を続ける。
 瞬く間に、彼の肌は酷く裂かれ、赤い血液で滲んでゆく。
 それでも彼は食いしばり、悲鳴を一つも漏らさなかった。
 男は、手を止めた。
 そして傍らに立つ白人のボディガードに、その拷問道具を渡す。
「まったく、お前は」
笑って男は彼に近づく。そして、集中的に鞭を振るった為にできた、彼の右脇腹の傷をすうっと撫でた。
薄皮は破れ、その傷は赤い肉が抉られたようにぱっくりとあいている。
止め処なく溢れるその血液。男は彼のその傷に唇を寄せて、彼の血液を音を立てて啜り上げた。
「…ぐっ……!」
初めて、彼は悲鳴をあげた。
だが、男はその声に満足したのか、その抉れた肉を舌先でなぞり、丹念に舐め挙げる。
その感覚に彼は泣き声をあげた。
じゅ、じゅっ…と不気味に彼の血液を吸い上げる音が、室内に響く。
「可哀想に、泣いているのか?」
愉快そうに男は傷口から唇を離し、彼の瞳を覗き込む。
そして優しく、口付けた。
彼の血液に塗れた、その紅い唇で。
鉄の味と匂いが、口腔から鼻腔へと広がる。
あまりの生臭さに、吐き気がした。
「そろそろ、教えてくれても良いんじゃないか?」
唇を離すと男はその耳元に囁いた。「なあ、影三。これ以上、私に酷いことをさせないでくれ」
「…黙れっ…!」
 ぎらりと光る、鳶色の瞳。それは闘う意思を失ってはいない力強さがあった。
「強情な奴だ」
 男はボディーガードに何やら命ずる。
 ボディーガードは、軽く頷くと、奥の棚にそれを取りに行った。
 屈強な男が手にしているそれを目にし、彼の表情に一瞬の怯えが走る。
「どうする」男は言った。「お前の隠していた試薬…アレの行方を正直に話せば、許してやるがね」
「…知らないな…!」
言葉尻に、男の拳が彼の頬を打つ。大した威力ではなかったが、彼の腫上がった頬には激痛となって埋め込まれた。
「お前は、真性のマゾヒストだな」
男はボディーガードに命じた。ボディーガードは手にした蝋燭に火をつける。
ゆらゆらと、炎が彼の目の前で揺らめいた。
ゆっくりとボディーガードは、彼の肌の上で蝋燭を傾けた。
炎がゆっくりと白い固体を溶かし、透明な液体となった蝋が、彼の肌の上に零れ落ちた。
「ぅああぁ!」
耐え切れずに、彼は悲鳴をあげた。ボディーガードは蝋が垂れなくなるまで傾け続ける。
白い蝋の塊が彼の肌の上にこびり付いた。
はあはあと、彼は大粒の汗を垂らしながら、大きく息を吐く。
だが束の間の休息は終わり、ボディガードの持つ炎が近づくのを見て、彼は歯を食いしばった。
「……っ…!」
今度は悲鳴はあげなかった。だが、食いしばった口元から、血が滲む。
その時、もう一人のボディーガードの持つ携帯電話が鳴った。
電話の内容を伝いうけ、男は醜く唇を歪めて、彼に近づいた。
「影三」男は言った。「やっと確認がとれたよ。あのメールはフェイクだったんだな。騙されたよ」
「…なんの、ことだ…」
掠れた声で答える彼に、男は少しだけ苛立ったように言葉を続ける。
「本当の試薬は、ドクタージョルジュに使用していたとはな…油断していたよ。もう、奴の体には抗体ができて、例の洗脳は無理だということか」
 男の言葉を聞きながら、彼は僅かに笑って見せた。
 それを目敏く見、男は蝋燭の炎を直接彼の肌に押し付ける。
「ぐあ!ああっ!」
肉の焼けるが鼻をつく。押し付けるようにじっくりと焼かれ、彼の肌は赤く丸い火傷の跡が広がった。
「この程度じゃ、収まらないな」
男は、彼の髪を掴んだ。そして、それを引っ張り挙げて顔をあげさせる。
「私の怒りは、こんなものではないよ」
 男は、ボディーガードに命ずる。
 それを眺め、それでも、彼は正気を失うことは無かった。
 彼は意識が朦朧としながらも、まだ耐えられると、自分に言い聞かせる。
 大丈夫。俺はまだ、耐えられる。
 何故なら、総ては、自分が計画した通りだったからだ。
 後はこの拷問に耐えるだけだ。
 ただ、それだけだ。
 そうすれば、総てが終わる。
 総てを終わらせられる。

 この男を、追いやることが。


******


 見るに耐えない影像を、ジョルジュは凝視する。
 彼の表情も、動きも、声も、その総てを焼き付けるように。
 何か、何かを読み取れるはずだ。

『私の怒りは、こんなものではないよ』

全満徳の、傲慢な声。
唇を噛みジョルジュはそれでも画面を凝視する。
眼を反らしては駄目だ。見届けなくてはならない。彼を救うためには。
 画面の中で壁に括り付けられている彼。衰弱が激しい。それなのに、その眼は光を失わない。
 せめて、せめて意識を失えば、この凄惨な制裁は終るのではないか。
 ボディガードの男が、新たな蝋燭を持って来る。
 男はそれに炎を灯した。
 ゆらゆらと、不気味に揺らめく、オレンジ色の炎。
 薄暗いその室内では、それだけが輝いて、まるで希望の光みたい。
 それなのに。
 ゆっくりと、男は蝋燭を傾けた。

『あああぁっ!』

 垂れる透明の蝋は、彼の切り裂かれた傷口を、丹念に埋めるように流されてゆく。
 気づくと、もう一人の男も手に蝋燭を。
 最初の蝋燭から蝋が垂れなくなると、空かさず、もう一人の男が蝋を垂らす。
 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
 彼の傷口は白い蝋で埋め尽くされた。
 疲労と衰弱がべっとりと彼の表情にこびり付き、まるで死人のような顔色だった。
 いや、死人のほうが、まだ穏やかな顔をしている。

『ジョルジュの名を呼びなさい』

 満徳が彼の、その頬をゆっくりと撫でる。

『こうなったら、お前を使うしかないだろう?影三……あの危険因子をこの組織に繋ぎ止めておく方法は、最早、これしかないのだから』

 頬を撫でていた指が、すうっ…と体に伸びた。白い蝋のこびり付く、彼の肌に。

『お前も、分かっていての行動なのだろう?』

 爪を立て、満徳は肌に張り付いた蝋を、一気に剥がした。
 声にならない悲鳴を、彼は叫ぶ。
 その声が合図かのように、他の男も彼の肌から蝋を剥がしだす。
 断末魔。まさしくそう呼んでもいいほどの声を、彼は叫んでいた。

『……エド…ワー…ド……』

掠れた声で、荒い息の合間から、彼は私の名を呼ぶ。
そして、彼は顔をあげて、そして『……俺は……だい…じょうぶ…です…から……』
笑って見せたのだ。大丈夫なわけがない。
それなのに、彼は薄らと、気丈にも。
 男が手にした蝋燭の炎をゆらゆらとふった。
 蝋をたっぷりと溜め、彼の太ももの内側に、一筋に流される。
『うわああああっ!』
慣れることの無い、熱さ。熱蝋の雫は、徐々にゆっくりと股間へと。
それでも、太ももの付け根ぎりぎりまで、熱い雫を垂らされ、彼は悲鳴をあげ続ける。

『分かった』

唐突に、満徳が行為を制止させる。そして『可愛い、影三。エドワードには地獄を味合わせよう』
『…な、んだって…』
彼の表情が変わる。満徳は男に何かを命じた。
持ってきたのは、何かのアンプルと、注射器。
『影三』満徳は言った。『あの男にとっての地獄はなんだと思う』
そして、上腕へと注射針が突き刺さる。ゆっくりと、薬液が体内へと。

 数分のちに、彼の表情がはっきりと変わる。
 恍惚と緩んだ表情で、眼の色が濁ってゆく。
 口元が半開きになり視線は宙を彷徨う。
 明らかに、麻薬使用者の顔つきだ。
『影三』
眺めていた満徳は、彼の傍へと歩み寄ると頬に指を滑らせる。
彼はその指に、あられもない声をあげた。
それを聞き、満徳は満足そうに笑うと、口を開いた。
『影三、私が分かるか?』と。『私だよ、エドワードだ』

「なっ…!」

手にしていたペンが手から転がり落ちる。何を、あの男は何を言った。

『…えど?』
まるで幼子のような舌たらずの発声で、彼は満徳を見た。
その瞳は、物事が正確にはうつっていないのか、彼は笑ってみせたのだ。
『えど?…えど?…』
『ああ、そうだよ』
そして満徳は口付ける。彼は瞳を閉じてそれを受け入れた。
まるで恋人同士のように、幸せそうな表情で。
 
初期症状。
認識異常、理解力の低下、精神後退

ペンを持ち直し、その症状の詳細を書こうとする。が

『…影三は、私が好きかい』
『うん…えど…すごくあいたかった…』

手が動かない。視線が画面から外せない。
でも、まだこれは1枚目だ。
まだ1枚目なのに。

『えどわーど…』

君のその声が、その呼び声が。

 
 


  

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