(16話) 全く気がついていないようだ。 私という存在に あんなにも意思の強い光を放った鳶色の瞳も、今はただのガラス球のようだった。 「ありがとう」 顔を見ずに、ジョルジュは口早に礼を言う。 とてもじゃないが、今は、彼の事を見ることができなかった。 数ヶ月前のやり取りをまたしても繰り返す。 どうやら振り出しに戻ったようだ。 私を知らない影三に。 20年も共に命を賭けて闘った日々など知らぬ影三に。 『俺が戻らないと、身代わりが死ぬんです タイムリミットですよ』 20年前、君は療養生活を打ち切った。 自らを犠牲に人を守ろうとして。 タラップを一段一段 空へ空へと上ってゆく。 最後にこちらを振り向く君は青い空のように 澄みきった笑顔を私に その時、私には見えた オイデオイデ 君を別世界へと招き入れる手が。 君は天国への階段を登るようにして、 地獄の入口に立っていたように見えた 『エディ、そうするべきよ』 そして私は君の後を追った 20年前のあの一件以来、私達に変化が訪れた。 満徳は影三を脅して生かそうとしても、 及ばないことがあると悟った。 長期間手放すことがよっぽど悔しかったのだろう。 『お前は人間ではない』 影三の家族を死傷させて以降、ろくに服も着せず、監禁し、 四つん這いで歩かせ、四六時中調教しては家畜のような扱いをしていた。 しかし、この20年前の一件以後は、彼に服を与え、医者らしい格好をさせた。 休日には監視下ではあるものの外出が許され、ある程度の自由が出来た。 さらに影三から奪った家庭も新に持たせたが… こちらは上手くいかなかったようだ。 代わりに影三の心の支えとすべく、 かつて卑劣な画像を送りつけ遠ざけようとしたが 渋々満徳自ら私を組織に招き入れた また、満徳が影三にのめり込む前にやらせていた、本来の影三の研究を復活させた。 影三はそれを続け、成果を上げた。 その研究は満徳にとって欠かせないものとなっていった。 そしてその天才的頭脳が編み出した雑多で複雑怪奇な発想を 唯一完全に理解出来るのは鬼才と言われる私だった。 私はノワールプロジェクトのメンバーがその成果を共有出来る形にし、 いわばメンバーと影三の橋渡しのような役目をした。 勿論自身の研究も独自にこなし一定の評価があったため、 組織中でも単独に行動することが多く、本部には出張する感覚だ それは影三のメンタル面でのケアを務めていたことも関係がある。 満徳は当時、黒男クンのような一流の医者の腕を見込み、主治医としていた。 その医者に影三の主治医も兼任させた。 私のもとへ影三を預けるようにアドバイスしたのも、 影三を取り巻く環境を改善させたのもその医者だという。 おかげで私は検診に際して定期的に彼を診断した。 だからといって満徳の性的嗜好は変わらない。 ……様々な拷問で傷ついた影三を不定期にみることもあった。 影三の負担は大きい。 やはり半年に一度はバカンスを設けさせ、 あの山小屋で影三に静かで穏やかな日々を過ごさせた。 このように、一見、自由度合いが増したように思う。 だが実態は違った。 全ては影三を長く愉しむために満徳が考えたことなのだ。 家畜が飼い犬になっただけのこと。 常に見えない首輪をかけて、自分無しには生きられぬようにして。 影三の全ては満徳のためにあり、私はそんな影三を支える… 虐待を受けた影三の濡れた姿… 生殺しのような日々。 満徳のお楽しみを支える従者ともいえる。 影三は 調教というしつけをうけ 仕事という仕込んだ芸を身につけ そして 全満徳というご主人様に奉仕し続けた 『お前は人間ではない…私と交わり悦んでいる 人間に飼われるための獣だ』 それでも 影三のその心は狂うことなく聡明な人間の思考のままでいた。 影三の容姿は人の好奇に曝されてしまうためにいつの間にか彼はチームから、 まさに影のようにひっそりと身を引き、闇に紛れて生きている …現在研究の第一線を退き、別の仕事をさせているはずだった…! だが…満徳に命じられ悪魔の薬、クリアーを極秘に開発していたのだ そして今影三は その誇りさえクリアーに侵され、 終わりの知れない生き地獄に堕ちていた。 だが そのような感傷に浸る余裕は私には残されていない。 それは正気に戻った際に影三が私に教えた警告だ 「天罰?」 「ええ。奴の息子は利用出来ないからと言っていました」 あいつが「奴」というのは恐らく私だ。 「違うかもしれない…ですが…死神がどうのと… 殺しのプロがずっと様子を伺っているみたいな話をしていたんです」 「…そうか。だが、心配ないよ、影三。キリコはもう大人だ。 黒男君を守るだけの強さがあるはずだ」 「そうですよね、きっと。ただ…自分自身の願いを叶えるためにフェスティバル やら花火やら、生贄…儀式が必要だとも言っていたんです…嫌な予感がするんだ、エド。」 「気のせいさ。影三はとにかく寝るんだ。」 「…エドは眠れてないみたいですけど」 「私はいいから…影三の寝顔が見たいのさ」 私は赤いキャップのコビンを胸ポケットに常備している。 20年前に狂うほど傷ついていた影三の看病に疲れきっていた私は、 性行為を連想させるようなキスを誤ってしてしまい、彼を追い詰めた。 その反省からだ。 中身は医療用の睡眠薬だ だが、お陰で多少の記憶障害すら生じるほどで、自分の行動があいまいで思い出せない。 黒男君を犯して以来 私は影三を犯す満徳が私に重なり、 満徳に犯される影三が黒男君に重なるといった幻覚をみていた。 いや、事実なのかもしれないとすら思うほどに。 近頃はどこからが夢で どこからが現実なのか 境目が全くわからない程だ。 こんな状態では過去の二の舞だ 自分をコントロール出来なくなるのも時間の問題だと考えた。 無防備な彼を傷つけかねない。 『ペースが速いな…本当に長期出張なんだな』 『ああ。だから早くいつものをくれ』 おかげで私は睡眠薬を日中でも服用し、手放せない状態になっていた。 影三を救うまで私は折れてはいけない。 たとえ自分自身を含め、誰を傷つけても。 …それが致命傷であっても。 …そんな白昼夢すら見続けているような私の思考を覚まさせるには 十分な言葉を聞いた。 …天罰。 影三に心配をかけたくはない。 私は幻覚を押しやって別のことを考えようとした 影三が聞き出した情報をもとに 私はこれまでの出来事を並べて奴が何をするつもりなのか推測をした 『ご苦労だったなジョルジュ』 黒男クンにクリアーの免疫を届け帰る途中のエアポートでこう言って ほくそ笑んだ満徳は 『この薬は元々はお前に使うつもりだったのだ』 と、告げ、影三に自らの腕を切らせ、クリアーを投薬したことを告げた。 満徳が私にやらせた命題は二つ。 一つは一ヶ月以内の影三の治療をすること。もう一つは薬の完成だった。 まず一つ目の命題。薬の完成は影三の研究を引き継ぐ形だった。 「危険回避行動をとることなく自ら焼死する」 という人体実験にある具合にクリアーを完成させてしまった。 私が完成させてしまったクリアーの真の威力 命すら委ね、禁断症状の出る強力な依存性まであり、 使役者の為にだけ存在する操り人形と化してしまう …それはまさに悪魔の薬だ。 そして 奴から与えられたもう一つの命題。 影三を治療する方法を探る手掛かりを奴から渡された一枚目のDVD。 蝋燭や傷口から血液を吸われたりと、影三への拷問が一見目立つ。 だが、私に地獄を見せるためと称して、私の存在を奴自身と置き換えていた。 『本当の試薬は、ドクタージョルジュに使用していたとはな …油断していたよ。 もう、奴の体には抗体ができて、例の洗脳は無理だということか』 …やはり、このクリアーは私のために作られた薬なのだ。 私は例の如くなんとか感情を抑えこみ、分析した。 自らの血液を使用し、実験を重ねた。 『医者は嫌いだ…お前は悪魔か』 途中影三は夢をみては自分自身をも悪魔だと称した。 強力な幻覚に悩まされていた。 その中でもう生きたくはないという影三の本音が胸に突き刺さる。 影三は治療を重ねた結果、クリアーの抗体薬は完全ではないものの、 影三をある程度正気に戻すことには成功したようだ。 「敵を騙すには身内からって言うでしょう」 無論、影三が私に手紙を寄越してやってくるまで、 私はその成功を信じられなかった。 「因みに一つ疑問がある。 君はたった一つのワクチンがあるとして私が黒男クンか自分、 どちらかを選ぶという情況だったのを、黒男クンを選ばせたな」 「何のことだかさっぱり」 「君は…私にだけワクチンが効くようにしたのは私を守りたかったんじゃないな」 「エドワードは1番ですよ」 「しらを切っても無駄だよ影三。 私に満徳は薬は効かないと分かったあの情況で 満徳は君か黒男君、どちらかにクリアーを使おうとしたように見える。 だが、満徳の君に対する固執を考えたら、五分五分とはいえないな」 「奴は私の人格も愉しんでますから…黒男が打たれていたでしょうね」 「そこで君は考えた。どうしたら満徳が自分を選ぶかを。 君はワクチンの開発が満徳に知れていると自覚した。 それを満徳にとって大切な君に1番に使用することを恐れた。 そこで君は私にだけワクチンを投与して、一切の資料を捨てたのが第一段階だ。」 「まだあるんですか?」 「ここからが君の巧妙な手口だ。 君は私が黒男クンの元へ秘密裏に急いで向かうようメモをコッソリ渡したが、 それが後に多少の時間差で満徳発見されるようにもした。 大体私が黒男君の元へ着いたぐらいのタイミングだ。 君は偽りのメールを送り、初めて満徳を騙してみせた。 そして「極秘メモ」を満徳に知られてしまった…つまり君の策略の上を 満徳がいったように思わせた。 手元にワクチンがない状態にして、激怒した満徳に主導権を握らせた。」 「…奴を怒らせるのは簡単ですね」 「さらに君はワクチンの資料を破棄することで、 開発を遅らせることにも成功したな」 「え?早く治りたかったですよ」 「影三…ワクチンが効くとなると、満徳は早々に君を治療して、また、君ではな く黒男クンにクリアーを投薬しようとするかもしれない。」 「まぁ…可能性はありますね」 「だから自分に満徳の目を向けさせる必要があったんだろう、影三?」 「どうやって?俺は正気を失ってるんですよ、気を引く努力なんて出来ませんよ」 「正気じゃないね…それが君の狙いだな。 中毒ならまさに自然体でわざとらしさもなく満徳の気を引いただろう。 何故ならクリアーは満徳が望んだ薬だ。 満徳は薬を使って様々に君の人格を入れ替えてみせては苦しむ君を味わってきた 。 こんな悪魔の薬はそれこそ満徳の大好きな薬だろう。 しかもそれを使用する相手が1番の執着している君だ。 だから、クリアーの魔性に取り付かれるのは時間の問題だった」 「つまり、奴がお気に入りの媚薬を使うように悪魔の薬を俺に使う愉しみを覚え 込ませる時間がいると。」 「そうだ。君は今までの経験から満徳の思考をよんだ。 実際に満徳は黒男君に無関心になったようにも見える。それに…」 私が言葉に詰まると、影三は伏し目がちに告げた。 「そうですか上手くいきました、これで当分安心ですね。 …それに、私で色々愉しんでましたか? 薬が効いた俺に夢中だったでしょう?何時もみたいに。」 …何時も以上だ 私は治療のため、患者の病状を記録した画像を2枚渡された。 DVDはあの一枚目だけではない。 それから後半にあたるのDVDを見た。 『えどわーど?』 満徳は自分自身を私と置き換えた続きだ。 。 薬に侵された君の姿。 …それを影三が見たらショックを与えてしまう。 20年前。影三は満徳に犯される姿を私に見られたことで、 精神的にギリギリのバランスが崩れ、 自らの命を危険に曝し、回復するまでには様々な困難があった。 それを再現するには十分な内容だった。 絶対に知られてはいけない。この二枚目は…満徳が見抜いた私もいる気がした 「それで合ってるか」 「まぁ…合格点ぐらいはあげようワトスン君!」 得意げにニコッ笑ってみせる。 「合格点ねぇ…影三!!!」 「う…耳が痛い」 「中耳炎どころじゃないぞ! 君は私が治す糸口を掴めなかったらどうするつもりだったんだ!」 私が身を切る思いで心配していたのに、どこ吹く風やら。 こんなにも無謀な賭に出たのかと思うと腹に据えるものがあった。 「エドは必ず治してくれると思ってました。 …おかげで情報が聞き出せましたし」 彼は相変わらず、すまして当然のように言った 「…私の腕に賭けたのか」 「賭けではなくて確心ですよ。」 無謀にもほど…。 そう言えば彼に説教しても無駄だった 「ちなみにもう解っているでしょうがエドにしか抗体薬が効かないというのは嘘です」 「嘘!?」 「クリアーが自分自身に打たれる事ぐらい予測してましたし、 最初は抗体薬を自分自身に打つつもりでした。 ですが…黒男が狙われていると聞いて状況が変わったんです」 「だからメモに黒男君を守るための秘策を怪しまれないように、 私にしか効かない薬しか作れなかったと書いたんだな」 「ええ。 そうでも書かないと満徳は私に打ってくれないでしょう?」 ……。 「全く…影三。君は何時もそうだな。こんな複雑な薬は初めてだぞ!!」 「エドを信じてましたから」 喜んでいいのやら悪いのやら。 「通りで…確かに私以外にも…抗体薬は黒男クンにちゃんと効いたよ」 「ホントに?!きちんとちゃんと確実に検査はしましたか!?」 「ああ、彼は無事だ」 「絶対に効きました?」 「ああ、絶対だ」 「良かったぁあああ!」 死ぬ危険に身を晒したと思えば、黒男クンに関しては慎重に確認を怠らない。 呆れた、呆れ果てた父親っぷりだ。 今更だが 雪山に逃亡した時の手段といい …息子があの時偶然見かけたから良かったものの。 未曾有の天才の頭脳は如何様にも使えるのかと、呆れるばかりだ。 「エド大好きですよ!!」 この調子でいつもいつも 「…ハァ…」 盛大なため息をついてみせたが、私が疲れていると思ったのか、 肩をトントン叩いてくれた 「…あ、りがとう影三」 「いえいえ。正真正銘のおじさんですからねエドは」 年若い彼は、こういうとニコリと笑ってみせる。 込められた意味を察して私が落ち込んではいけない。 トントン… それにしても影三が聞き出したフェスティバルという言葉。 …満徳は何か事を起こす気でいるようだ。 だが。それとこのクリアーの件は別だ。 満徳は私をおとしめるためだけにこんな危険な薬を影三に作らせた。 満徳の私に対する憎悪とはいかばかりだろうか。 儀式か…普段は全く息子の話を満徳はしない。 だが、キリコは医師として薬品の扱いに長けている点を買われていた。 私達のプロジェクトに必要な人材だとも称された。 何度か話題に上がったことがある。 無論このプロジェクトを統括する満徳の耳にも入っているはずだ。 トントントントン… 20年前、満徳は確かに私の息子を脅しに使った。 成長した20年後のキリコが私の息子という事実を奴が忘れてくれるだろうか。 キリコはあの頃の守られるだけの子供ではないもう立派な大人だ。 何年も音信不通のままだったが、自立して自らの人生を歩んでいるようだ。 『本当に大切なものは手放すんじゃない。命に代えてでもな』 影三を組織から救えずにいる言葉だけの私とは正反対に黒男君を護りぬいている。 「ドクタージョルジュ」 昨日とはまるで違う。 まるで剥製のような無機質な目をした影三が、 出ていったはずなのに戻ってきた。 グリンとこちらに濁った目を向ける。 「前菜は」 「は?」 「子羊のムニエルはまだですか? 全大人がお待ちです」 「…」 確かに嫌な予感がした。 大丈夫、キリコは黒男君の元に…遠く海を隔てた日本にいたはずだ。 私は例の如く常備薬をゴクリと飲んだ ■■■ ピチャ…ピチャ… 体液が床に落ちる音がする 髪は汗と涙で濡れそぼって、額に張り付いている 見開かれた目は真っ赤 瞳孔が開きかけている 口の端からは精液と 咥内を噛み締めたのだろう。血液が交じって ほのかにピンクに色ずいたものが ツゥー…と伝っている。 拘束されていた手足は擦傷だらけ。 古傷と新しく付けられた傷が交じって、傷痕のないところがないみたい ピクリとも動かず、ダラリと垂れて脱力している 男の寝顔は 安楽なものではなく 惨い表情だった 『…たすけて…キティー…』 子供のころ見たトラウマの「あの人」は ブラックジャック本人にしか見えなかった。 「夢か…」 トラウマを思い出して以降、俺は頻繁にあの画像を夢にみるようになってきた。 何度となく父の名を呼び 助けを求め続け 陰惨な行為に堪えていた 「あの人」の姿。 ぼやけて見えていたはずのものが 日を追うごとに、鮮明に色づいていくようだ。 「あの人」はブラックジャックと重なり合い 俺にだんだん近付いてくるみたいだった。 ヒタリ、ヒタリと足音もなく影が忍び寄るみたいに。 「ツ…」 何とか急所は外せていたものの、利き腕をやられた。 カッン… 銃弾を取出したが、大丈夫だ。動脈を逸れたのは幸いだった。 治療を自ら行えるあたり、死に神でも医者なんだなと自嘲する。 これでも俺は医者だ。 悪魔の薬に「死神」が負けてなるものか。 「生命の倫理」 これだけはブラックジャックと唯一の共通点で対立点でもあるが、 俺達は誰よりも真剣にそれに向き合っているはずだ ならず者でも医者として。 家畜のように人を飼い、 ゲームのように人を殺す薬「クリアー」 戦争をけしかけて 世界を混沌におとしめ 何の罪悪感もない 真の悪意がどこにあるのか誰も知らずに 無色透明なまま 人類を狂わせる凶器 俺の命懸けるに値する この薬を世界に許す訳にはいかない 俺は薬を入手した経路を辿り、出所を突き止めようと躍起だった。 危ない橋をいくつも渡った。 その甲斐あってようやく、父に近付いてきたように思う。 あと一歩といったところだ。 これまでの出来事や秘密にかき集めた情報を隠れ屋で整理する。 事の始まりはブラック・ジャックが突然20年ぶりに再会した父から犯されたこと だった。 俺達はその理由を探るうちに非常に危険な洗脳薬、クリアーの抗体を早急に届け にきたのだとわかった。 その過程で薬の成分の複雑さから非常に組織だったものを察知した。 この危険な薬を食い止めようと俺達は出所を突き止める可能性を考えた。 恐らく組織の盲点をついて薬を届けた親父を辿るのが手っ取り早いだろう。 俺はブラック・ジャックが受けた傷を考えつつ ある理由から単独で一路親父を捜す旅にでた。 そして親父がある組織に属しているだろうことを突き止め、探りをいれると…。 ブラック・ジャックの父親、「あの人」にまで行き着いた。 二人はノワールという何らかの極秘の研究に参加していた。 そんな中抹消された記録やその手掛かりをくれた教授らが殺される。 俺自身も負傷し、いよいよ核心に近付いているようだ。 そして 俺が一人旅に出た「ある理由」。 それは俺のトラウマを親父に確かめ、この一件と繋がるように思った ブラック・ジャックが狙われた理由 クリアーを製造する人間が、天才外科医の能力を狙っためだと…一応は結論づけた。 だが、親父から、ブラック・ジャックの元へ急ぐようにとの忠告があった。 その言い回しで子供の頃の記憶が一部欠けていたことに気がついた。 その20年も前のトラウマは、その後、親父との距離が離れていく分岐点でもあるのだ。 親父を真似て追い詰めるとき、ブラック・ジャックが怯える顔が 「あの人」に酷似していたことから確心したのだった。 俺のトラウマの内容は「あの人」に固執する「誰か」が性的な虐待の限りを尽くすものだったと 徐々に思い出されてきた。 そして俺はブラック・ジャックが狙われた本当の理由を推測した。 20年前の映像に映っていた「誰か」が「あの人」の息子という理由で目をつけた ではないかと。 つまりブラック・ジャックが狙われた理由は天才外科医としての腕ではなく、 「あの人」の生き写し「間 黒男」が狙われた本当の理由ではないかと俺は考え た。 俺は組織の中にまで侵入し、クリアーを開発したと思われる研究室から それを裏付ける資料を偶然にも盗み出した。 「No.1 被験者の記録」とタイトルされた一枚のDVDだった。 『…まさか奴に抱かせるとはな…黒男に使えないとなると …分かっているだろうな…影三』 登場人物はやはり20年前のトラウマと同じだった。 内容は…「あの人」を拷問する「誰か」が映っていた。 その時、俺はふと頭の隅にあった記憶が蘇った ブラック・ジャックとのあの幼い日の続きだ。 確か…ブラック・ジャックが何故か怒り出して屋根に登ってしまったのだった 『きいちゃんごめんね』 鳶色の目を持つ 「あの人」は、俺にいかにもすまなそうな顔をして謝る。 それから強い眼差しを屋根上の息子に向けた 『黒男、そこをぜったいに動くな!!』 『へいきだもん!きぃちゃんは余計なことするな!』 先ほどまでは盛大に泣いて怖がっていたが、父親の顔を見て安心したのだろう。 俺とケンカしたことを思い出したらしくぷくっと膨れっ面でいる。 『きいちゃん、黒男、降りてきたら必ず叱るから、そこで少し様子を見ててくれるかな』 『いいよ。でも…あんまり怒らないであげて』 『優しいんだね、きいちゃんは。』 俺の頭を優しく撫でて、『……俺は高所恐怖症なんですけどね…』 青ざめた顔でちいさく呟いて 「あの人」は駆け上がった。 『必ず助けるから待ってろ黒男!!』 DVDの中でクリアーを注入される前に 「あの人」は確かにうっすらと笑った まるで安堵したように。 俺の20年前のトラウマに映っていた頃と全くかわらない、むしろ若返った印象すらある。 だが 息子のためにあの時と同じに必死だ。 ……必ず助けるから待ってろ黒男…… 時に自らの命をかけてまで人を救おうとする強い意志の込められた眼差し あの日、空を見上げた 影三おじさんにブラック・ジャックが重なる。 やはり似ている 「あの人」は影三おじさんなのだ。 あの二人は親子なのだと理屈抜きでそう思った 一枚目『クリアー被験者の記録』のDVDを取り出し撮影時間を確認した。 それはブラック・ジャックが親父に抱かれたまさにその時だった。 狙われていることをいち早く察知し、手早く届けたのだろうか。 前から妙だと思っていた。こんな完璧な組織の穴をつく事自体奇跡的で巧妙だ しかも命賭けのリスクを省みずにどうしてブラック・ジャックにそこまでするのか …間 影三。 「未曾有の天才でブラック・ジャックの父親」 これがその答えだろう。 それにしても一体どんな手段を使って奇跡のリレーが成功したのやら 影三おじさんに撃たれた腕がズキリと痛む。 そう、これが現実。 おじさんが20年前と変わらぬ姿で苦しんでいる画像も。 『きいちゃん、ごめんね』 能面のような顔で 俺がおじさんに、殺されかかったことも …だがそれは逆に 俺は間一髪おじさんに助けられたともいえるのだ。 「こんな調子だとあいつの世話になって…いつか俺も医療費ぼったくられるかもな…」 鈍い痛みを感じながら、 おじさんが守ろうとしている 「俺を信じて待つ人」 を考える。 ブラック・ジャックは親父に犯されたショックがあったが 普段通りにしてみせていた…随分無理をしていたようだが。 理由は俺と親父との不仲を心配したからだろう この資料を盗んだのは…もしかしたら親父の研究室だったかもしれない 資料のDVDをさらに詳しくしようと外見を見ると 背表紙に薄く鉛筆で名前が書かれていた 目を凝らすと三枚とも全てに手書きで #To ジョルジュ From ハザマ とある。 たまたま偶然入った部屋なのに まるで何かに導かれたようだ。 あいつが前向きに努力して俺達親子が分かり合うようにと願った結果かもしれない。 こうして悪魔の薬を巡る追跡劇は 俺と親父の距離を縮める旅でもあるようだ 悲観するばかりが現実を見るということじゃない。 そう思うと再び目的意識が芽生えてくる。 …必ず遂行してみせる 俺は必ず、必ず生きて帰る。 抱きしめて、安心させてやる そして 戻る頃には心の傷は塞がってるはずだ そしたら今度こそ抱いてやる。 俺の躯の熱を、温もりを、 生きている証を感じさせてやりたい …親父より上手く そうして影三おじさんの居場所を突き止めた。 「誰か」つまり全満徳は恐らくここにいる。 「さて、明日の今頃はお嬢ちゃんのカレーかな」 ここだ、これで終わると思う場所を見抜いた矢先だった 館内の様子があるかもしれない。 資料を最後まで一応みておきたかった 『えどわーど?』 一枚目の最後に全満徳は、俺の親父の名前を自分自身だと偽った。 それが何を意味するのか …今はそれを考える時ではない。 「No.3 ! Re」 俺は資料の中のDVDの結末から先に見る事にした 少しは写っているかもしれない 昨日は二枚目の重なり合い、気付けなかったか…誰かが届けたか。 いずれにせよこれからすぐに対峙するのだから、 挨拶をがわりみたいなものか…情報が多いにこしたことはない。 背表紙は同じだから続きに違いないようだ。 少し汚れているが問題なさそうに見える とりあえずそれをパソコンで再生をした 画面にパッと写し出された光景に見覚えがあった。 それは俺のトラウマそのものだ とうとう向き合う時が来たようだ だがそれどころではなかった 物事はいつでも 気付いた時には手遅れだ 応急処置など 何の意味も 無くなった。 この時俺は 過去に捕われるあまり 現在すぐそこに迫る危機に 全く気がついてはいなかった 終わりの始まり 次頁