18禁
※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を!
これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。  




(2話)




  20年ほど前。
 彼は完全に狂った。
 それまで、危うい状態だったその微妙なバランスが、完全に崩壊した。

 頭と、心と、身体。
 そのどれもが完全にバラバラになり、心も体も意思に反してしまう。
 その恐怖にさえ、彼は立ち向かい、足掻き、乗り越えようとしていた。

 それが、自らの生命を脅かすことも、自覚しながら。








Chapter 2-圧 殺-











「これは、どういうことだ!」
怒声が室内に響き渡った。
カルテを一読したジョルジュは、医長を名乗る医師に詰め寄る。「何故、こんな状態になるまで放っておいた!」
「…わたくしたちも、最善を…」
「これの何処が最善だ!」
 机に叩きつけるように、そのカルテをジョルジュは乱暴に置く。
 若い女性医師が、怯えたように目を瞑った。
「お言葉ですが、ドクタージョルジュ」
おずおずと、若い男性医師が前へ出る「患者の逆流症は心因のものです……それは本人も自覚済みですので……ですから…」
「自覚済み?」
「はい」男性医師はファイルを手渡す。「自ら、精神鑑定を希望しまして……これが結果です」
「……ありがとう」
 ジョルジュはそのファイルを受け取ったが、その場では開かなかった。
 医師として失格かもしれないが、そんなものを見たくはなかった。見る勇気が、まだなかった。
「…この患者は、私が引き取る。…解散してくれ…」
 その言葉に、医師たちは室内から出て行った。
 一人、椅子に座り、ジョルジュはカルテを丹念に見直す。
 ひどい数値ばかりが並んでいた。
 どうして、どうしてこんな事に。その前に手を打つことができなかったのか。
 悔しげに後悔を噛み締める。
 どうして、君が、こんな目に。
「ドクタージョルジュ」
 不意に言葉をかけられる。
 さきほどの医師団の中で、一番若いと思われる女性医師だった。
 金髪に大きく美しい瞳が、哀しそうに歪められている。
「……何か…」
 ちらりと顔を見て、すぐにカルテに視線を戻す。
 まるで興味など、無い様に。
 だが、女性医師は「私は!」と、震える声で告げた。「あの!ドクターの論文を見て!…その、素晴らしいと思いました!
私、ドクターに憧れてて…その、こんな形でも会えたのが嬉しくて…その…あの論文は…」
「済まないが、一人にしてくれないか」
女性医師の言葉を、ジョルジュは遮った。少しも彼女を見ずに。
「…はい…」彼女は一礼をして見せて「失礼いたしました」
 やはり震える声だった。
 そして、足早に退室する。
 本来なら、自分を評価してくれたのだ。喜ばしいことではあった。だが
「…こんな形で嬉しいだと…!」
 先程の女性医師の言葉に、怒りが生まれる。
 自分は、こんな事態に出会いたくは無かった。こんな形で、ここに来たくは無かった。
 無神経な言葉。
 なら、彼女は、この患者がこういう事態になるのを、望んでいたとでもいうのか。
 勿論、そんなわけではない。
 だが、ジョルジュも幾らか、冷静な判断力を失っていた。
 危険値まで下がった数値。
 幾つも並べ立てられた、外傷歴。
 この重篤患者が、あの間 影三なのだという。
 どうして、ここまで放っておいたのだ。
 悔しさと悲しみが入り混じる。



■■■■




 患者の病室のドアをノックする。
「はい」
 はっきりと、彼の声が聞こえた。
 ジョルジュは唇を噛み締めて、引き戸を開けた。
 一人部屋の真っ白な病室。
 その窓際に置かれているベッドに、彼はいた。
「ドクタージョルジュ」
にっこりと、彼は笑って見せた。まるで、散る逝く春の花びらのように。
「…影三…」
「お久しぶりです」
彼は、はっきりと笑っていた。
頬は痩せ、瞳が青黒く落ち窪んでいる。
点滴につながれた腕は、華奢な女性のよう。鼻にはチューブが挿入されていた。おそらく、経管栄養用の。
頭髪が伸び、彼にしては珍しく長めになっていた。
それは、ほとんど別人のような。
まるで病の末期症状の様な。
「わざわざ、ありがとうございます」
彼は、それでも、はっきりとした口調で礼を述べる。「少し、食べられなくなってしまって…情けない限りです」
「そうか、それは大変だったな」
 少し…というレベルではない。
 だが、その笑顔を慮って、ジョルジュは声をかける。
 彼は弱みを見せたがらない男だ。
 気丈にも、元気に振舞う彼の心を潰してしまわない様に。
 そう、言い聞かせて。
「診察を…させてくれないか。胸の音を聞くだけだ」
「はい」
起き上がろうとするのを、静かに制した。
かけ布団を捲り、ジョルジュは白衣のポケットからステートを取り出す。
彼は、黒いハイネックの長袖Tシャツを着ていた。
点滴をしている左腕は巻くりあげられている。
その手には、黒い革製の指のない、ライダー用のグローブを嵌めていた。
そのせいで、彼の手首はうかがえない。
 黒いシャツの裾から、ステートを差し入れた。
 ギュっと目を瞑り、彼は細く息を吐いた。
 握りしめた手が、小刻みに震えている。
 過敏になっているのだろう。肌にステートを当てる度に、彼は唇を噛み締めている。
「……終わったよ」
声をかけると、彼は瞼を開けた。
そして、やはり笑って見せる。「ありがとうございます」と。
「影三」
その笑顔を見るのが、辛かった。「私が、怖いか」
「え、いいえ」
「そうか」
 消え入りそうなほど小さな声で、ジョルジュは答えていた。
「明日、発つよ」ジョルジュは、なるべく笑顔を作りながら「私の元に入院してもらう」
「お手数をおかけします」
「ナースもいないから、快適とは言いがたいがね」
「そんな」
彼は頭をふって「こんなことで、ドクタージョルジュの手を煩わせてしまって、本当に申し訳ないです」
「気にするな」
いつもの口調で言えているかどうか、自信がなかった。「そういえば、北米は初めてか」
「ええ」影三は答える。「ニューヨークより北へは行ったことがないですね」
「寒いぞ」
「寒いですか」
「だから、暖房設備は完璧だよ」
「それは…よかったです」
ふわりと笑顔が質を変えた。安堵したような、気の抜けたような笑顔だった。
その表情に、胸が締め付けられる。
ここで。影三、ここで君を抱きしめたら、君は砕けてしまうだろうか。
凍りついた表情で、怯えながら、君は。






『影三。お前が死ぬのなら、息子を身代わりに、エドワードを道連れにしてやろう』



その一言が、影三を縛り付けた。
生きることを放棄した影三に投げつけられた、恐ろしい脅迫。
その一言に追い詰められたようなもの。
死んではならない。
死んではいけない。
生き続けなければ、ならない。
生物であるなら、命令されなくとも本能で知っているあたりまえのことでさえ、影三の精神を縛り付ける枷となった。
命令を遂行しようとする、思考。
生きることを拒否する、心。
その歪をあらわす、身体。
それらが『食事を摂る』という、生存本能を蝕んだ。



点滴を終え、影三は袖を下ろした。
グローブは両手にしている。
おそらくジョルジュは気づいているだろうが、それでも隠さずにはいられなかった。
いや、本当なら、こんな姿はみられたくなかった。
だが恐らく、自分を治療できるのはジョルジュしかいない。
自分の身に起こっているのは、明らかな精神神経疾患によるものだと、影三はその天才と称される頭で理解していた。
客観的に見て、長期的療養が必要であることも、知っている。
それでも、ジョルジュには見られたくなかった。知られたくなかった。
もしかしたら、いつか、この正気を失ってしまうのだろうか。
そうなったら自分はどうなるのだろう。
恐ろしい。怖い。誰かに縋りついて助けを求めたかったが、それは無駄であることも、医師の知識で知っている。
これは自分でのりこえるしかない。時が経つのを待つしか。
 引き戸がノックされた。
「はい」
答えると、緑色のトレーを持ったジョルジュがあらわれた。
「さて、試しにだから、無理はするな」
ベッド脇の昇降台の上に、トレーを置いた。その上には、小さな陶器の器が置かれ、湯気を燻らせている。
「これは…重湯?」
驚いたように、影三は声をあげた。
置かれた器には、米粒の舞う僅かに白色の色がついた汁が。
微かに匂う米の独特なにおい。温かな、湯気。
ジョルジュは、木製のレンゲでその汁を掬い「食べてみるかい?」と声をかける。
懐かしいにおいだった。ジョルジュは冷ますために何度か息を吹きかけてから、彼の唇へとレンゲを運ぶ。
ゆっくりと唇をつけ、ほんの少しだけ汁を啜った。
思ったとおりの味だった。とても懐かしい。
途端に、胃がしゃくりあげ、思わず口元を押さえて横を向くが、胃液が逆流してくることはなかった。
「無理をするな」
心配そうな声に、影三は小さく首をふる。「大丈夫…もっと、ください」
「……わかった」
 重湯を掬い、彼の口へと運ぶ。
 何度か嘔吐感で体を丸めるが、それでも吐き出してしまうことは、なかった。
「美味しい…」笑って、影三は「重湯なんて、よく知っていましたね」
「うん…本間先生に聞いたんだ」
ジョルジュは答える。実際に、ジョルジュは日本にいる本間に連絡をとり、日本での病人食の作り方を聞いた。
パン食である自分たちの病人食は、オートミールやチキンスープが普通だが、日本人には動物性のものはそうとう辛いというのを知っていた。
ご飯の炊き方は知ってはいたが、水の分量を変えて、米の柔らかさを変えているという日本の病人食に感心する。
恐らく、もしかしたら、それなら影三も。
 器の半分ほどだけではあったが、吐き出さずに食べることができた。
 よかった。これなら、回復の見込みがある。
「ありがとうございます…」
 よかったと、思う。本当に、嬉しそうに、彼は微笑んでくれたのが。



 ほんの僅かでも食べることができたのが、影三の心の枷を軽いものにしていた。
 ベッドに横たわりながら、静かに瞳を閉じる。
 よかった。本当に、よかった。
 その言葉を繰り返し、唱えていた。
 ジョルジュの顔を見たことも、関係しているのかもしれない。と影三は苦笑した。
 思っていたより、自分はジョルジュに依存しているのだろうか。
 彼の優しい笑顔や、詮索しない態度が、委ねられる安心感が。
「嬉しそうだな、影三」
 不意に聞こえた声に、影三はハッと目を見開いた。
 目の前にいたのは、ジョルジュではなく
「…全……大人…」
 途端に全身が強張った。一気に汗が全身から噴きだし、体を急激に冷やす。
「奴なら、望みがあるわけだな」
 急に影三の体が起こされた。いつも彼に張り付いてる白人のボディーガードが、影三を抱き上げたのだ。
「い、やだ…やめろ…!」
「明日からお別れだ」満徳はその指で、影三の頬をなぞる「ちゃんと治してくるんだ。そして、私の元へ戻って来い」
「……やめっ……!」
そのまま厚い唇を重ねられた。愛おしそうに、満徳の肉厚な舌先が影三の口腔内に侵入し、蹂躙する。
逃れようのない口づけに、戦いた。
どうしたら。一体、どうしたらいいのか分からず、混乱する。
硬直する彼から唇を離すと、今度は耳朶を吸われた。
ナイフでハイネック部分を裂かれた。
露になる首筋と鎖骨は、痩せて筋肉のない今は痛々しい。
庇うように、影三は鎖骨に手を当てた。震えながら、怯えながら。
だが、ボディガードにあっさりと手を取られ、剥き出しになる肌を満徳は舐めあげる。
いやらしく、丹念に。
「…あ…ああ…」
嬌声とも悲鳴ともつかない声が、影三の口から漏れでた。
その鳶色の瞳は暗闇の一点を凝視しながら、涙が溢れ出る。
意識も知覚もそれを拒否するのに、粟立つ肌はそれを受け入れ始める。
吐き気がするほどの、甘く狂おしい快感に。
総てが引き裂かれる。心と身体と頭が。その総てがバラバラになり、保つことができない。
ただ耳に響くのが、満徳の音。
「影三、最後の夜だ。私を楽しませてもらおうか」
勝手な言葉を吐き、満徳は一度影三から離れた。
途端にもう一人のボディーガードの男が、影三の下肢に顔を埋め、彼の性器を口腔で扱き出す。
「あ、いやだ!…やめ、てくれ!」
その快感に、胃がしゃくりあげる。
思わず口元を両手で押さえるが、すぐにその両手を押さえつけられた。
「駄目だ」満徳は言った。「お前が達する顔がみたい」
「やめろ、やめろ!…エドが、エドに見られたら…!」
「見られたいのか?」
満徳の言葉に表情が強張る「いや。だ…それだけは…なんでもするから…それ、だけは!」
「可愛いな、影三」
 ボディーガードの男に巧みに高みに押し上げられ、影三は無理やり達せられた。
「ああっ…あぁああ!」
 涙と涎で顔中を濡らし、彼は声をあげる。
 それを満足そうにみながら、満徳は自分の性器を彼の口に押し当てる。
「舐めるだけなら、できるだろう?」
「…う…」
言われるままに、影三は満徳の性器を口にふくんだ。
意識が朦朧としてくる。
それでも、必死でそれを慰めた。
エドに見られたくない。
ただ、その一心で。

 
 
 
 
 
 ハッと目が覚めた。
 影三は思わず自分の口に手を当てるが、しゃぶっていた男性性器がなくなっていた。
 室内は静かで、まるで何事もなかったかのように。
「お早う、影三。気分はどうだい?」
唐突に話しかけられて、ぎくりと彼は横を向いた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべた、ジョルジュがいた。
「…エド…」
慌てて衣服を確認する。
裂かれたはずのシャツに、その痕跡はない。
心底、影三は安堵した。よかった、エドに見られていない…。
だったら、あれは、あれは、夢だったのだろうか。
自分の心の奥底にある恐怖心が、幻でもみせたのか。
「まだ、時間があるから、眠りなさい」
混乱する頭を、ジョルジュは、優しく、優しく撫でてくれた。
まるで幼子にそうするような行為。
だけど、それは、とても、とても心地よい。
もう一度、影三は瞳を閉じる。
久しぶりに熟睡できそうな気がする。何も怯える事無く、何も考えずに。

 穏やかな顔で眠る彼をみつめ、それからジョルジュは彼の腕をとった。
そしてその皮製のグローブを外す。
手首には、無数の跡があった。
刃物で切り裂いた、リストカットの跡。
痛々しいその跡を優しく撫で、彼の脈をとった。
脈を測りながら、ジョルジュはもう一度彼を見る。
 ジョルジュがこの部屋へ戻ってきた時、すでに満徳の蹂躙は終わっていた。
 皺だらけのベッド。
 乱された衣服。
 すでに影三は意識を失っていた。その口元には、白濁の狂気のあとがくっきりと。
手馴れた手つきで、ボディーガードが彼の衣服を変えていた。
「貴様!重篤患者になんてことを!」
怒りにまかせ胸倉を掴むと、ボディーガードがジョルジュの首元に威嚇のための警防を突きつけた。
「明日から、いなくなるんだ」笑いながら満徳は言った。「別れを惜しんでいただけだ」
「貴様の身勝手が、影三を傷つけたんだろう!」
「身勝手じゃない、愛だ」
まったく場違いな単語を、満徳は口にする。「私は、影三を私だけのものにしたい。それだけだ。お前のように見ているだけなど、耐えられないからな」
「そんな一方的なものは、愛じゃない」
「お前はどうなんだ、エドワード」
探るように、満徳は言葉を繋げる。「お前は抱いてみたいとは、思わないのか。見たのだろう?影三が乱れて喘ぐ姿を。まるで雌犬のように尻をふって犯される姿を」
「黙れ!」
「お前だって、影三の尻にペニスを突っ込み、あの体を貪りたいのだろう?」
「黙れ!!」
 殴りかかろうとした寸前で、ボディーガードの男に突き飛ばされた。
 体制を崩したところで、ジョルジュは仰向けに床へと組み伏せられる。
「哀れだな、エドワード」満徳は、優越感たっぷりに見下ろしていた。「あの体は、もう私のものだよ。影三の身体は、私だけを欲する。私に見られながら、エクスタシーに達するんだ。涙を流しながら、射精する姿は、最高の見世物だよ」
「影三をこれ以上傷つけるのなら、俺が貴様を殺してやる!!」
聞いたことのないほど殺気の篭った怒声だった。まるで狂犬のような目つきで、ジョルジュは満徳を睨みつける。
「面白い」
満徳は、靴先で、ジョルジュの顎を掬いあげる。「本音を言ったな、ジョルジュ」
「必ずだ」ジョルジュは言った。「必ず、貴様を殺してやるッ!」


 眠る彼の寝息を、ジョルジュは数えていた。
 規則正しいそれを聞きながら、彼の頬に触れようと手を伸ばし、止める。
 起こしたくなかった。
 いつまでも眠っていれば、君は、苦しまなくても済むのだろうか。
 君は、悪魔のような男に魅入られてしまった。
 君が誰よりも欲して何よりも大切のしていた家族を、総てを破壊され、奪われた。
 こんなにも苦しんでいるのに、自分は、何もできない。
 何も出来なかった。
 だが、これはチャンスか。今度こそ、君をあの男から引き離せるかもしれない。
 君を助けられるかもしれない。
 今度こそ、君を、助けてみせる。
 あの男の命を奪ってでも。

 窓からは、可愛いらしい小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 ジョルジュは腕時計を確認する。
 時計の針は、陽がのぼる時間を指し示していた。
 







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