18禁 ※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を! これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。 (3話) 何度も書き直したが、なんとか書き上げることが出来た。 その便箋を丁寧に折り、封筒へと入れる。 封をし、表書きに息子の名を書こうと封筒を裏返した。 刹那、視界がぼやけて、耳の奥で金属音が小さく響く。 思わずジョルジュは、自分の額に手を当てて、瞳を閉じた。 暫くすると、その耳鳴りは止み、視界も鮮明に。 疲れていたのだろうか。 ふと、そんな考えも浮かんだが、すぐにその考えを意識の外へと追いやった。 そんな事を考えている暇などないから。 そう、自分に言い聞かせる。愚かにも。 Chapter 2-浅 慮- 月に二回ほど、ジョルジュと影三は散歩を兼ねて町へ買い物に出る。 山道を車で30分ほど下った場所に、大きめの集落があり、更に30分ほどいくと町があった。 その町がこの辺での、唯一の商業地区だ。 そこから更に徒歩で15分ほどの場所に、ジョルジュは自宅をかまえている。 ジョルジュと影三は、その自宅ではなく、山の奥にあるジョルジュ名義の山小屋で静養していた。 その湖畔の山小屋は、かつてジョルジュの父親がその集落の人間のファミリードクターをしていたときの、診療所であり、ジョルジュ自身もそこで暮らしたことがある。 診療所とはいえ、この辺での医療設備を備えているのは、ここだけであった。だからか、小さいながらも、それなりの設備がある。周りは林に囲まれているここは、影三の静養には、もってこいの場所だった。 だが、懐かしさは、あまりない。 ジョルジュの愛車である日本車のラウンド・クルーザーは、町では大きめのスーパーの駐車場に停車した。 後部座席から車椅子を降ろし、ジョルジュはそれに影三を乗せる。 「ありがとうございます」 彼は決まって、小さく礼を述べるのだ。 影三の乗る車椅子を押しながら歩くと、町の人々が、にこやかに挨拶をしてくる。 ジョルジュがここの出身であることを、そして彼が町の人間に慕われていることがよく分かる。 「…18歳まで、ここにいたからね」 スーパーに入り、影三に店内用のカゴを手渡しながら、ジョルジュは言った。 「今日は野菜の調達だな。大丈夫か?」 「これぐらい、大丈夫です」 膝の上にかごをのせて、彼は物珍しそうに、野菜や果物を眺めていた。 「なんというか」彼は笑って「ニンジンとか…切ってない野菜を見るのは久しぶりですね」 「君は、調理をしないからな」 ジョルジュは、答えた。 無理に笑わなくても、いいと思う。 だが彼はきっと心配をかけたくない、と思う気持ちと共に、自分の感情を押し殺しているのではないかと思う。 その笑顔が、心から嬉しいと思っている笑顔ではないことに、気づかぬジョルジュではない。 だが、それを告げてしまえば、きっと彼のぎりぎりの均整が崩れてしまうだろう。 「ピーマンにも色んな色があるんですね」 「パプリカだよ、影三。大きさが違うだろう」 「あ、本当だ」 彼は弱みを見せることを、嫌う。 だから強がってみせるのだ。平気である振りをするのだ。 辛いのなら、辛いと言って欲しい。怖いのなら、縋り付いて欲しい。苦しいのなら、助けを求めて欲しい。 だけど彼はそれらを総て、押し殺す。 そして、なんでもないと、笑うのだ。 だが、その強固な意志がなくなるとき、君は一人でその辛さに、苦しさに耐えている。 それらが、君の睡眠を、命を削り取る。 「オレンジにパイナップルに……これは?」 「キウイだよ。小学生か君は」 「切れば分かりますよ」 それでも、彼は幾らか眠れるようになっていた。 カナダにきた当初。彼は一人で寝ることを絶対に譲らなかった。 頑なな態度にジョルジュが折れ、ブザー音の鳴るコールを持たせた。 そして、診療所の一つだけある入院用の部屋に寝かせることにした。 彼には内緒だったが、この入院用の部屋の隅には古いマジックミラーが嵌められてあり、隣室の部屋から様子を窺うことができる。 一人で寝ることを承諾はしたが、やはり心配だったから。 そして、その予感は的中する。 『…い…やめ……!……いやだ……』 『…あついっ…!…ゆる…し…て…』 叫びながら目覚める。それを何度も繰り返していた。連続して眠れているのも2時間ほどか。 彼は、泣いていた。 何度目かの泣き声。堪えきれず、ジョルジュは部屋へ入り彼の肩を揺さぶった。 ひどい汗だった。それなのに、顔色が恐ろしく悪くて。 『み、るなっ!!』 悪夢から醒めた彼は、目の前のジョルジュをみとめると、力一杯突き飛ばしていた。 怯えた表情。震えながら彼は、子どものように頭を左右にふって、後ずさる。 『そんな、いやだ……エド…みるな!見ないでください!』 『影三…』 『…いやだ…!たすけて……エド……』 矛盾した言葉。 私は、今、君を、君を苦しめる存在でしかないのか。 凍えるように震えだす彼の体。この手で抱き締めたくても、それはタブーだった。 目の前でこんなに怯えている。 助けを求めながらも、拒絶の言葉を吐く彼は、自分の感情が制御できない。 『……全…大人…』 震える声で、彼は最も忌わしい名前を呟く。『…従います…俺は……貴方のものに…だから…』 『影三!』 正気ではない。分かっていた。だけど君の口から、そんな言葉は聞きたくはなかった。 『だから…エドには……なんでもします!だから…エドには…!』 『影三!』 『うわあぁあああ!』 総てを拒絶する叫び。見られたくない。知られたくない。その一心で、君は何をされたの。 君の悪夢は、あの男に支配されていた。あの男に、蝕まれて。 聞くに耐えない言葉を君は、なんども叫ぶ。 『…もう、いやだ!…無理だ!…もう、中は……』 『……苦しい……イかせて下さい……!』 眠るたびに犯され続けるそれは、君の体験記憶。 助けたい。君を助けたいのに、君は私を拒んで、気丈に振舞う。 私は君の助けにはならないか。 無力だ。 あの男の高笑いが、聞こえるようだった。 こんなにも彼を汚し、自分の思いのままに支配し、貴様は満足か。 身体も、記憶も、言葉すらも汚し、彼は、彼は苦痛からは逃れられない。 『……愛してます……満徳……俺は…貴方を愛してます…』 時折繰り返す、言葉。悔しさに、怒りに全身が滾るようだった。 泣きながら、苦しみながらその言葉を繰り返す。 その言葉すらも強要されて、君は、それにずっと耐えていたのか。 愛すらも、君は強要されて。 助けたい。君をその記憶から。君をあの男から。 君の口が、あの男の名前を呼ぶことに耐えられない。 『……満徳……俺は…貴方を愛してます…』 本心じゃない。わかっている。 だけど、君の口からそんな言葉が出ることが、耐えられない。 狂いそうだった。その言葉を聞くたびに、あの男を縊り殺してしまいたい、と。 彼にとって、夜が恐ろしい時間であるように、ジョルジュにとっても、夜は休息の時間ではなくなった。 苦しげに紡ぎだされる言葉を、ジョルジュはただ、聞くしかない。 聞きたくない。だけど、君が苦しんでいるのに、眠ることなどできない。 嫉妬か。まさか。 本音ではない言葉を強制されている、苦しみながらもあの男の支配から抜けきれない。 お願いだ。 あの男の名前を、呼ばないで。 あの男の名前を、呼ばないで。 「エド?」 小首を傾げて、彼はジョルジュを見上げていた。 夏だというのに、彼はハイネックの長袖Tシャツに、指なしグローブを嵌めている。 肌を、見せたくないのだろう。 彼は大の入浴好きだというのに、ここにきてから、一度も風呂に入ろうとはしなかった。 介助すると言うと、頑なにそれを拒む。 着替えも、絶対に自分ですると言って、きかない。 裸になることに、恐怖さえあるようだった。 「ああ、ごめん。清算しよう」 「はい」 車椅子を押して、レジへと向かう。 彼の体力は極端に落ちていた。それこそ、独歩が辛いほどに。 だが、彼の乗る車椅子を押すことが、ジョルジュと影三の唯一のスキンシップのようなものだった。 店の裏手にある駐車場。ランクルに買った荷物を乗せ、助手席のドアを開けた。 そして、彼を抱き上げて、車に乗せる。 最初は恥ずかしいと、抵抗していたが、自力で乗れなかったので、彼は渋々乗車介助を受け入れる。 その介助中だけは、彼は肌に触れても大丈夫だった。 時間にして、ほんの数秒。彼が怯えずに腕の中にいてくれる、貴重な時間。 恐らく彼は、満徳に車で何かをされたことはなかったのだろう。 経験がないことは、恐怖心が幾らか少ない。 ジョルジュは彼を助手席に座らせると、名残惜しそうに、手を離した。 「ありがとうございます」 柔らかく、彼は笑う。 それはあまりにも儚くて、今にも消えてしまいそう。 もう、限界だった。 「影三」その笑顔も、言葉も、もう耐えられない。「キスをしたい」 「え…」 唐突な言葉に、影三は硬直した。その鳶色の瞳に怯えが走る。 だけど、もう、限界だった。 「キスしたい」 君の唇に。 だって、君の口から、あの男の名前を聞きたくはなかった。 影三はギュッと目を瞑った。微かに震えながら、それでも小さく「いいですよ」と呟く。 怯えているのか。影三…私は、私では君を助けられないか。 「影三」ジョルジュは言った。「私は、誰だ?…名前を呼んで…」 「え、」影三は、うっすらと瞳を開ける。「エドワード…」 「もう一度…」 「…エド…」 「影三…もう一度…」 「…エド…エドワード…」 軽くほんの少しだけ、唇が触れた。 「…エドワード…」 啄ばむように、その唇に口付ける。優しく、乾いた唇を潤すように。 「…エド…」 「影三」 苦しかった。 お願いだから、名前を呼んで。 君の口から、私の名前を。 あの男ではなくて、私の名前を。 満徳の名前ではなくて、私の名前を。 次頁