18禁
※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を!
これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。  




(4話)



『すまない、向精神薬を持ってきてくれ。点滴セットも…!』
午後一番に鳴った電話は、夫のエドワードからだった。
切羽詰った声に「分かった」と告げると、メアリは鍵を持ち出し、夫の薬品棚を開ける。
久しぶりの電話にしては、随分と一方的な注文だった。
息子がまだ帰ってきていなくてよかった、とメアリは微かに安堵する。









Chapter 2-強 制-











馴染みのスーパーの裏手にある駐車場だった。
奥の隅に止めてあるランクルに、彼女は足早に駆け寄った。
近づいていくと共に、微かに聞こえる声。
「何したのよ、あの馬鹿は!」
最悪な事態を医師の知識から引っ張り出しながら、メアリは後部座席のドアを開けた。
途端に響く、彼の声。
「…違う…!……違う!…助け…!」
明らかにパニックを起こしている。
メアリは事態を把握すると、車外で注射器に注文された薬液を吸わせ、車内に入り込む。
後部の座席に日本人の彼が組み伏せられていた。
全身の異常発汗、瞳孔の異常。状況は深刻だと、メアリは瞬時に判断する。
「静注、首に」
彼を押さえつけるエドワードの指示どおり、彼女は首筋に針を突き刺した。
「うぁあっ!」
 一際大きく喘いで、彼は悲痛な声をあげる。
 それを力づくでエドワードは押さえつけていた。
 無表情にみえる、泣き出しそうな、表情だった。


「劇的な再会ね」
 助手席で、メアリは呟いた。その声色は怒りが含まれている。
 運転席に戻ってきたエドワードは、買ってきたスポーツ飲料水の缶を手渡した。
 メアリはそれを受け取り、プルトップを引いた。
 彼は今、薬が効いて後部座席で眠っている。
 話には聞いてはいたが、確かに痩せているな、とメアリは思う。
 メアリ・ジョルジュ。
 彼女はエドワードの妻であり、そして彼女も医師免許を有する元研究医だ。
「何をしたの」
先ほどから一言も喋らない夫に、メアリは話し掛ける。「しかもこんなところで。フラッシュバック?」
「……いや、原因は…分かっている…」
 重々しく夫は呟いた。そして、唇を噛み締める。
「いいなさい」
「……。」
「エディ」
 ぐい。胸倉を掴まれ、エドワードは無理矢理向きを変えさせられる。
 久しぶりに見る、怒り心頭の彼女の顔。
「言わないと、噛付くわよ」
冗談のような脅し文句だったが、彼女ならやりかねない。
「…私は…」視線を逸らし、エドワードは言った。「…満徳と変わらない…影三に酷いことを…」
 力なく、憔悴しきった表情だった。
「キスでもしたの」
「…!」
 言葉に、思わずエドワードは彼女を凝視した。
 それは無言での肯定。
 瞬間、彼女の平手がエドワードの頬に炸裂した。
 ぱあん!
 打たれた勢いのまま、エドワードはステアリングに額を派手にぶつけることとなる。
「この馬鹿!」彼女はエドワードに怒鳴りつけた。「この二ヶ月の努力を無駄にしたわけ?なんでもっと早く、連絡しないの!」
「……メアリ…」
「気づいてる?エディ。あなた、酷い顔してる」
「そうかな」
 自覚がないようだわ、とメアリは密かに確認する。
 影三の状態もそうだったが、エドワードもかなり辛い状態にあるのが、よく分かった。
 この二ヶ月。彼はほとんど連絡をしてくることはなかった。
 連絡方法も、電話ではなく、手紙。
 息子宛のそれだけが、近況を伝えるものだった。
 彼を人目に触れさせたくない。
 その気持ちも分からないではなかったが、エドワードは彼の事に成ると、冷静な判断に欠けるところがある。
 普段なら、恐ろしい程の客観的判断を下すくせに。
「あなたも、休んだ方がいいわよ。このままだと、共倒れになるから」
「いや、大丈夫だ」
「ジェーンにキリコとユリを頼んでくるわ」
「まて、メアリ…!」
「5分待ってなさい」
 相変わらず、人の話を無視して、彼女は行ってしまった。
 しっかりランクルのキーまで持っていってしまった。
 これでは、走り出すこともできやしない。
 ふと、室内ミラーで自分の顔を見る。
 そんなに、酷い顔をしているだろうか。自分ではわからない。
 ミラー越しにうつる、影三の寝顔。
 なんてことを、してしまったのだろう。今更のように後悔の念に駆られていた。
 あんなにも怯えた表情をしていたのに、それなのに彼の意思を無視して、自分の情欲を押し付けてしまった。
 軽いとはいえ、彼に口付けを。
 何故押さえられなかった、これでは、あの全満徳と変わらない。
 彼は、エドワードの口付けに、耐えていた。
 だが微かに震えだして「…違う…」という単語を繰り返し口にしだした。
 そして、明らかな錯乱状態。
 フラッシュバックだろう。異常発汗、痙攣、瞳孔の異常。
 彼は全身であがらいながら、何度も「違う」と繰り返す。
 自分が、あの男に見えたのだろうか。
 全満徳に、見えたのか。
 
「愛は地球を救うけど、患者は愛だけじゃ救えないのよね」
 ランクルを運転しながら、メアリは明るく話し掛ける。「知識と技術が必要だわ。医師としてのね、でも」
言葉を切り、メアリは助手席を見る。
そこには相変わらず、憔悴しきった夫の姿。
「それは総て、愛が前提よ」メアリは言った。「愛だけじゃ、患者は治せないけど、愛がないと治らない。エディ、あなたは間違ってはいないから」
「…そうかな…」
「自信をもちなさいよ」
 きっちり1時間。ランクルはメアリの運転で湖畔の診療所に到着した。
 降りようとするエドワードを、彼女は「待って」と止める。「あなたはこのまま一日休憩よ」
「いや、いい」
「ダメよ」メアリは睨みつけながら「エディ、普段のあなたなら、とっくに気づいているわ。今、あなたは判断力を失っている。それほど、酷い状態よ」
「いや、大丈夫だ」
それでも尚、断る彼の頭を、メアリはもう一度殴りつける。
「痛!」
「きゅ、う、け、い!」メアリは言った。「怯える影三クンに自分を押し付けるなんて、冷静じゃない証拠でしょう!」
 それは、あまりに辛辣な一言。
「お、かしい、かな」
「おかしいわよ」
「狂ってる?」
「そのうち、そうなるわよ」
「…そうか…」
 妻の言葉に、エドワードは息を細く吐いて「すまない。じゃあ、甘えるよ」
「そうよ、藪医者はさっさと寝なさい」
 酷い言い草に、それでも笑いながら。エドワードは眠る影三を病室へと運ぶと、自分も寝室へと向かっていった。

 ふと目が覚めると、影三はベッドに寝ていたのが不思議だった。
 買い物に行った筈だが、いつの間に戻ってきたのだろう。
 記憶をめぐらし、先ほどまでの行動を思い出す。
 確か、町へ買い物に出かけたはずだった。
 そして、野菜と果物を買って、車に戻って、そして…。
「…あっ!…」
 鋭く巨大な針で頭を刺しぬかれたような、頭痛。
 ズキズキとこめかみが脈打ち、突然、目の前に情景が広がった。
 車内で近づいてくる、満徳の顔。
「ち、がう!あれは、満徳じゃなかった!」
打ち消すように、影三は叫んでいた。違う、違うのだ。知ってる、分かっている。
だが目の前の情景は、まるでそれが事実だったかのように、影像をつきつける。
あれはエドワードではない。あれは全満徳だったのだ、とでも言うように。
「違う!違う!違う!」
 頭をふっても、焼きついたその顔は、消えてはくれなかった。
 お前を逃がさない。お前は私のものだ。
 そうしがみ付かれるように。
「違う…あれは、エドだった……!」
 声に涙が混じる。コントロールできない記憶。擦り返られた、画像。
 影像の中で、自分の唇に満徳が触れる。
 忘れることの出来ない、あの厚い唇の感触が、蘇る。
「いやだ……違う…!…エド…助けて…エド!」
 全身に蘇る、刻み付けられた陵辱。
 嬲られる苦痛、蝕む言葉、生臭い体臭、青苦い味覚、粟立つ肌、悦ぶ顔。
 何度も、何度も、何度も。
 こん、こん、こん。
 不意にドアがノックされた。
「影三!」
ドア越しに聞こえたその声に、全身が凍りついた。「み、ないで!見ないで下さい!」
「影三…」
「エド…お願い…見ないで、見ないで下さい…!」
こんな醜い、俺を。
男に陵辱されて、それに慣れてしまった、浅ましくも堕ちた俺を。
「…見ないよ。大丈夫、見て無いよ…」
 ドア越しの声。優しい声に安堵する。
「…エド…」
 会いたかった。でも、恐かった。
 もし、あの影像のように、彼が全満徳にみえてしまったら。
 俺はもう、狂ってしまったのか。
 ゆっくりと体を起こすと、影三はドアへと近づいた。
 何度かふらついたが、ドアの前まで来ると、その場に座り込んだ。そして、ドアに耳を押し付ける。
「…エド…ごめんなさい…」
 ドアにむかって、ドア越しに、影三は呟くように言葉を紡ぐ。
「俺は…あなたの事が好きです……でも…俺のドコかが…いう事を聞いてくれないんです…!」
「影三」
「ごめんなさい…俺は…あなたを傷つけてばかりだ…」
「違う、影三、私は大丈夫だよ、傷ついてなどいない」
 優しい声。優しい言葉。
 会いたい。でも、恐い。
 あなたが全満徳に見えたら、俺は、狂ってしまう。
「好きです…エドワード……大好きです……」
言い聞かせるように、何度も囁いた。
このドアの向こうに、エドワードがいる。
それなのに、このドアを開ける勇気がない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も、何度も謝った。
「影三」ドア越しの、優しい声。「私も、影三が大好きだよ……大好きだ…」
「…エド…ごめんなさい…」
「君のせいじゃない、影三…謝らないで…」
 優しい声、優しい言葉。
 俺はそれに救われていた。それに縋りついていた。
 汚してしまう。縋りついた所からべっとりと、黒い手形をつけてしまう。
 あなたの、その綺麗な白い肌を、汚してしまう。
 だから、駄目なんだ。いい加減自分で立ち上がらなければ。
 そう思うのに。そう、思っているのに。


■■


 半ば強制的に、妻から休憩をとるように言われ、ジョルジュはベッドへ潜り込んだ。
 瞼を閉じると大きな暗闇が、意識を下へ下へと引きずり落とすような感覚。
 そういえば、こんな風にベッドに横になるのも久しぶりだった。
 この二ヶ月。
 何もできないと知りながらも、どうしても心配で、マジックミラー越しに彼の様子を何度も窺っていた。
 意識が暗闇に塗りつぶされそうになる、ほんの僅かな隙間から、声が聞こえた。
 微かだが、確実に、彼の声が。


「いやだ……違う…!…エド…助けて…エド!」


 気がつくと、ジョルジュは飛び起きて、彼の部屋のドアをノックしていた。




「エド…お願い…見ないで、見ないで下さい…!」

ドア越しから聞こえる、彼の悲鳴。
身を切り裂かれる思いだった。
ああ、私は、君をそんなにも傷つけてしまった。
愚かだ。私はなんて醜い人間なんだ。
「…見ないよ。大丈夫、見て無いよ…」
彼が、彼が怯えないように、ゆっくりと告げた。
「…エド……エド…ごめんなさい…」
 先程よりも、しっかりと声が聞こえた。
 もしかしてドア越しに、このドアの向こうに彼がいるのだろうか。
 思わずドアを開けそうになった。彼を、抱き締めたかった。だが
「俺は…あなたの事が好きです……」
落とされる言葉に、動きが止まる。
言葉が、胸に落ちる。嬉しいはずなのに、今は辛い。
「でも…」彼は言った。「俺のドコかが…いう事を聞いてくれないんです…!」
「影三」
「ごめんなさい…俺は…あなたを傷つけてばかりだ…」
泣いている声だった。
泣かないで。泣かないで。私の見ていないところで、泣かないで。
「違う、影三、私は大丈夫だよ、傷ついてなどいない」
だから、だからお願いだから、泣かないでほしい。
今、君を慰める方法が、私には、分からない。
「好きです…エドワード……大好きです……」
まるで言い聞かせるように、何度もその言葉が紡がれる。
大好き……それは君からの、最大級の愛情表現。
「影三」君を、君を愛してる。「私も、影三が大好きだよ……大好きだ…」
愛してる。そう言いたい。だけどこの言葉は、君にとっては責め苦にしかならない。
「…エド…ごめんなさい…」
「君のせいじゃない、影三…謝らないで…」
君のせいじゃない。君のせいじゃないんだ。
「私が悪かった……影三…君を追い込んでしまったね。主治医失格だ」
「そんな…!」
とん。軽く、ドアに何かが当たる音がした。「違います!…エドは悪くない…だから、だから…!」



『影三…お前を追い込んでしまったか?まあいい。』



「…俺を……嫌わ…ないで……」



『体は正直だと思うよ…可愛いな影三。イキたいのなら、自分で強請るんだ』
『…全……!』
『どうした、それとも恥ずかしいのか?ただの新聞記事じゃないか。写真でも、妻と息子に見られるのは、恥ずかしいのか?』
『……イかせて…下さい……!』
『ああ、正直者は好きだよ。影三…その新聞に出すといい。汚れずにすむ』
『い…やだ…やめろ…!ああ!やめてくれ!やめて……!!』
『影三、ただの新聞だよ、ただの…さあ、二日ぶりの射精だ。たくさん出しなさい』


「いやだ!やめろ!!お願い……ああああ!」
「影三!?」
 フラッシュバックだろうか、突然、彼の悲鳴が響いた。
 今すぐ駆けつけたい。だが、私が顔を見せることで、悪化したら。
「どいて!」
 突然、ジョルジュは突き飛ばされた。
 突き飛ばした本人は、ドアを開けながら、ジョルジュへ眼鏡と帽子を渡す。
「最低限の変装よ」彼女は言った。「その場しのぎだけど。今は効果抜群よ」
「すまない」
 確かに。一見して自分だと分からなければ、影三のショックも、そう大きくない。
 その場しのぎでしかないが、ジョルジュは眼鏡をかけて、キャップを被って室内に入る。
 ドアの前で、彼が倒れていた。
 ぜえぜえと喘鳴を繰り返し、喉を押さえつけている。
「…呼吸困難……いえ、過呼吸?」
「呼吸困難だな、テオフィリン…いや、気管支拡張剤を吸入器で」
「はい」
「…か…間さん、上、向けますか」
 声質を替えて呼びかけると、彼は身を捩って仰向けになった。
 苦悶に歪んだ表情。うっすらと目を開いて、こちらを見る。
 ばれるかと焦ったが、彼はこちらを見ると、不思議そうな顔をする。
「……エド…ワードは……?」
「ちゃんといるよ、大丈夫」
「…そう…」
 よかった。そう小さく呟いて笑って、彼は目を閉じた。
 喘鳴は相変わらずだったが、幾分、表情が和らいでいるように感じる。
 メアリが吸入器を持ってきた。そして、マスクを彼の口元に当てる。
 ブン…とモーター音が響き、薬剤が噴霧される。
「なにが、あったのよ」
 じろりと睨みつける彼女に、何もしてない、とジョルジュは弁明する。
 本当に何も無かった。だが、何かがあったのだ。
 あの会話の中。過敏になった彼の心に恐怖を与える単語が。
 ”やめろ”と彼は何度も叫んでいた。
 やめてほしかったのだ。彼は、影三は。
「エディ、とにかく、休みなさい」
 優しく、しかし彼女はきっぱりと告げる。
「…ああ…そうする…」
ジョルジュは答えた。そして、「……ありがとう、メアリ…」
「ちゃんと寝るのよ」
「分かってる」
 曖昧に頷きながら、ジョルジュは暗い廊下を歩いていった。
 でも。
 恐らく彼は、眠れないだろう。
 影三の事を思い、心配し、気になって、睡眠などとれないだろう。
 現に今だって。
「エディ」
 メアリは夫を呼び止めた。
 どす!
 歩みを止め振り返る彼の肩を掴み、メアリは正確に彼の鳩尾に拳を叩き込む。
「ちょ…メア…」
驚く夫の腹に、もう一度拳を叩き込むと、腹を抱えて二つ折れになる彼の頚動脈に手刀を叩きつける。
見事に意識を失う夫を、メアリは引きずってベッドへと運んだ。
ちょっと手荒だったかな、とは思ったが、この際仕方がない。
部屋ですればよかったわ。
夫の体を引きずりながら、メアリは思うのだった。












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