18禁
※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を!
これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。  




(6話)






 油断していた。不覚にも。
 手を、離すべきじゃなかった。いつでも傍にいて守るべきだったのに。
 どうして、どうして、その手を離してしまったのか。
 後悔しても、何も取り戻せはしない。
 
 許せないのは己自身。







Chapter 2-現 実-







 初雪が降ると、山の冬は早い。
 日に日に白銀は景色を塗り替え、半月もすると、町は雪で覆われていた。
 雪が初めて降った日に、ジョルジュは慌ててスノータイヤに変える。
「まだ、早いんじゃないですか?」
 影三の暢気な科白に「馬鹿言え」とジョルジュは答える。「積もる前に変えないと、痛い目をみるんだぞ」
 実際は雪が降る前に変えるものだが、少し油断していた。
「手伝いますか?」
 モコモコに着込んだ彼の言葉に「大丈夫だ」とジョルジュは返す。「それより、ホットコーヒーの方がありがたい」
「分かりました」
 彼はそそくさと、家に帰る。
 寒がりな彼だ。手伝わせたら、確実に風邪をひくだろう。
 本当は二人でしたほうが早いのだが。
「終わったら、コーヒーが飲めるな」
 それでも、ジョルジュは口元を綻ばせて、雪が降る中、もくもくと手を動かす。  
 あれから、影三の食事の摂取量が増えた。
 トウフや5分粥など、日本の食事をなるべく出すようにしていたが、チキンスープやスクランブルエッグなども少しずつだが、摂れるようになった。
動物性の食事が摂れるようになったのは、かなりの進歩だ。
 体力もついてきたので、歩行訓練も、少しずつ開始している。
 短い距離なら、歩くのも苦ではなくなってきた。
 何より、身体に触れても過敏な反応をみせなくなった。
 だが、相変わらず、ハイネックの長袖のTシャツに、手には指なしのグローブを嵌めている。
 今はそれでもおかしくはなかったが、彼は夏の間、ずっとその服装だった。 
 それでも数ヶ月前よりはずっとマシだった。
 だが、忘れてはならないことがあったのに、ジョルジュは失念していた。不覚にも。
「あ」スーパーの入り口へ行く途中、ジョルジュが声をあげる。「財布を忘れた」
「じゃあ、先に行ってます」
 ゆっくりと独歩していた影三は、入り口を指差しながら言った。
「すぐに追いつくよ」
そして、ジョルジュはスーパーの裏手の駐車場へと走っていった。
車椅子を押しながら、影三はゆっくりと歩いていく。
それを、待ち構えていたかのように、言葉が投げかけられた。
「歩けるようになったのか、何よりだな」
背後からの、声。
ぎくりと影三は身体を強張らせて、振り返る。「…全…満徳…」
「久しぶりだな、影三、会いたかったよ」
 愛しそうに、満徳は彼の頬を撫でた。
 それだけで彼の身体は、力が抜けたように動けなくなる。
「さあ、おいで」満徳は言った。「お前に会えなくて、淋しくてたまらなかったよ」


 ジョルジュがスーパーの入り口まで来たときには、すでに誰もいなかった。
 ただ、影三が押していたはずの車椅子が、入り口の脇にポツンと置かれている。
 そしてその座面には、彼の字で走り書きが。


『心配しないで。夜には戻ります』


足元が崩落したかのような気分だった。これを絶望と呼ぶのだろうか。
「影三……影三!」
無駄だと知りながらも、ジョルジュはあたりを見回して、彼の姿を探す。
離れるのではなかった。
どうして、どうして彼の傍から離れたのか。
油断していた。不覚にも。
もう半年になる。
そろそろ全満徳が動いてもおかしくなかった。分かっていたはずなのに。
どうして彼を一人にしてしまったのだ。
「影三!!」
商店街、公園、とにかくあたりを走り回った。
手を、離すべきじゃなかった。いつでも傍にいて守るべきだったのに。
どうして、どうして、その手を離してしまったのか。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
後悔しても、何も取り戻せはしない。
また、また君は、この世の総てを怖がるかのような、すべてが信じられない世界へと落とされてしまうのか。
そんなことは、絶対にさせない。そう、誓ったのに。
影三、お願いだから、無事でいて。



 空港からほど近い、豪華なリゾートホテルだった。
 最上階のスィートルーム。恐ろしく広くゆとりのある空間は、淡いピンク色で彩られ、優しい風合いを部屋全体に散りばめている。
大きな窓からは、明るい太陽の日差しが燦燦と照りつけ、その窓から外には簡易プールが作りつけられている。まさに裕福層が、遊ぶ為だけに作られた空間。欲を満たして、満足するためだけの。
「お前の為にとった部屋だ」
 実に楽しそうに、満徳は彼の顔を覗き込む。「再会が待ち遠しかったよ、影三」
「…俺は、あんたの言いなりにはならない」
 はっきりと、彼は答える。拳には、冷たい汗を握り締めて。
 満徳は唇を歪めると「そうか」と笑った。「躾のやりなおしか。まあ、それも一興」
「ふざけるな!」
「寒いか、影三」
怒鳴る彼の頬を、満徳は優しく撫でる。
その感触に息が詰まる。身体が強張り、全身から血の気がざあっとひいたように、冷たくなった。
「や、めろ…」
冷たい肌を、汗が滑り落ちる。異常な発汗だった。
後ずさると満徳のボディーガードに捕らえられる。しまったと後悔した時には、背後から両手を掴まれて身動きを封じられていた。
 満徳は、彼のTシャツを大きく捲り上げた。
「やめろ!!」
怯えたように、彼は叫ぶ。
色のついた肌が外気に晒された。露になった肌を満徳はその指で触れる。
その感触に全身が粟立った。
彼の肌は、ところどころに古い傷があった。とくに、胸から脇腹にかけての火傷の跡が目を惹いた。
切り裂かれた跡、縫合跡。その幾つかの傷跡を丹念になぞり、舌先で触れて嘗めあげる。
その中で、奇妙な形の傷跡に満徳は愛しそうに触れた。
鎖骨の下のあたり。柔らかな肌にくっきりと。
「ぅ……ぁ…」
彼は堪えきれず、悲鳴のような声を漏らした。
それを聞き、満徳は実に満足そうに笑い出す。
「お前を抱けるとは、まった甲斐があったな」
そして彼の唇に口付けを。
厚い唇の感触。よく知ったそれを味わい、彼の全身がカタカタと震えだした。
崩れ落ちそうになる身体を、ボディガートが支える。
当然、逃れることはできない。
「…いい顔だ」唇を離し、満徳は囁いた。「私じゃなくても、好事家がお前を放っておかない。必ず、お前は誰かに捕らわれる。お前は飼われる種類の人間だ…」
「黙れッ…!」
 ぎらりと睨みつける眼は、生命力の匂いがした。
 そうだ。その眼が見たかった。
 そして、その眼が屈服しそうになる瞬間も。
 ボディガードは、引きずるように彼をベッドに運ぶと、慣れた手つきで彼の衣服を剥ぎとった。
そして両手に革紐を結わえ付け、予め用意してあったのだろう、拘束具に繋ぐ。
もう一人の白人のボディガードが彼の足を押さえつけ、ベッドに貼り付けられたような形となる。
「…っ!…」
無駄だと思いつつも。手首を引っ張り、革紐を切ろうとする。
だが丈夫なそれは、まったくびくともしない。
「やめなさい。手首が傷つくだけだ」
 優しげな声で、満徳が近づいてくる。
 彼は露骨に顔を背けると、眼をキツク綴じた。
 耐えればいい。こいつの望む通りに耐えれば、解放される。
 そうすれば------。
「何を考えている」
唐突に髪の毛を掴まれて、強く引っ張られる。
「何をかんがえていた」問いながらも、引っ張る力を緩めない。「…ジョルジュのことか?もう、奴に抱かれたのか?奴にこの身体を晒したか」
「俺とジョルジュは、そんな仲じゃない…!」
「だが、ジョルジュはお前に惚れている」満徳は言った。「お前の身体を貪りたいだろう。隙あらば、お前を押さえつけて、お前の身体を犯したいと思っている」
「黙れ!」影三が叫ぶ。満徳を正面から睨みつけながら「お前がエドを語るな…エドはお前のような男じゃないっ!!」
「大層な信頼ぶりだな」
髪の毛から手を離し、満徳は彼の頬を優しく撫でる。「まるで神を慕うような信頼振りだ…だが、あいつも男だ…お前の痴態を見て、涎を垂らしながら自慰もするだろうさ」
「黙れッ!」
 叫ぶ彼の頬を、前触れもなく彼は平手で打った。
 軽い音が室内に響く。
「軽いな」
 そう満徳が呟くと、ボディガードが拳で彼の頬を殴る。
 鈍い暴力音が、スィートルーム内で響き渡った。
 6.7発も殴られ、彼の顔は青黒く腫上がった。
 満徳は、彼の切れた唇から垂れる鮮血を舐め、満足そうに顔を覗き込む。
「ああ、連れて帰りたいと思うよ」
 そして青黒い痣を吸い上げた。痛みに彼は顔を顰める。
「しかし、そうもいかないからな」満徳は顔を離し、そして「時間もない。実に残念だ」
 ボディガードの男が、大きな薬瓶を持って来る。
 それを受け取り、満徳は「仕方がないから、これを使用するよ」
「…な…に…?」
 怪訝そうな表情の彼の耳元に、満徳はぼそぼそと、その薬品の名前を告げる。
 サッと彼の顔色が変わった。「あんた……そんな物を…やめろ…!」
「大丈夫だ、ちゃんと希釈してある」
 満徳は瓶の蓋を開けた。そしてピンセットで脱脂綿を挟むと、薬液を充分に吸わせる。
「や、やめろ…満徳…!」
怯える彼の首筋に、脱脂綿を滑らせた。
滴る薬液が、彼の肌に塗り込められる。
「ッ!…痒い……!」
 肌に甘い疼きが生まれる。それは希釈した媚薬だった。
 微かな疼きは肌に残り、掻き毟りたい衝動に駆られるが、両手が拘束されているので、それも叶わない。
満徳は、ゆっくりとその液体を彼の身体に塗りこめる。
首から胸、脇腹…知り尽くした彼の上半身の性感帯に、何度も、何度も、じっくりと。
微かな疼きも、何度も重ねられると、耐え難いものへと変化していく。
「…ああっ……やめ……ッ!」
両手を引っ張り、ぎしぎしと革紐を鳴らして、苦しみに耐えた。
「いい顔だ…影三…」
 瓶を置き、満徳はラテックスのグローブを手に嵌めた。
 両足を押さえつけていた白人のボディガードが、媚薬の入った瓶を傾けた。
「うあぁああッ!」
それは彼の下半身に満遍なくかけられる。それを広げるように、満徳はグローブを嵌めた手で、彼の身体に触れた。
悲鳴をあげて跳ねる身体を、ボディガードが押さえつける。
薬液で濡れた性器には触れず、後孔に薬を塗りこんだ。指で奥の奥まで塗りこむと、すぐに指を抜いてしまう。
「…っ…ぐっ…う…」
 歯を食いしばって、疼きに耐えた。その微かな疼きは、それだけでは達することのできないぐらいの、微妙なものだった。
「欲しいだろう?」
「ああッ!」
 するりと、性器を撫でる。背中が弓なりに撓り、彼は霰もない声をあげた。
「可哀想に」彼の太ももに触れながら、満徳は笑っていた。「触ってほしそうだな…影三…自分で強請らないと、このままだ…」
「…うぁッ!…くっ…ぅ!」
「いいのか?…このまま私といるのか?…お前が意地を張っていれば、いつまでも帰ることはできないぞ」
「…な、にっ…」
「お前は、こんな状態で、エドワードの所に帰るのか?」
 その一言が、何よりも効いた。
 青ざめた表情で、歯を食いしばる。小さく「…卑怯者…」と呟いて。
「私は、構わないよ」満徳は言った。「そしてジョルジュに強請るといい。あの男なら、よろこんでお前を抱くだろうよ」
できるわけがない事を、わざわざ口に出して言ってやる。
それは、なによりも効果があった。
「…抱いて…っ下さい…!」
屈辱に塗れながら、それでもその薬の感覚に耐え切れずに、彼は叫んだ。
「…早くっ…!俺を…抱いてください…ッ!」
「やっと素直になったか」
 嬉しそうに、満足そうに、笑いながら、満徳は自分の衣服を脱ぎ、彼の上へと覆い被さった。
「可愛い、影三…お前は誰のものだ?」
「…俺は…」震えながら、彼は言葉を紡ぐ。「…俺は……全大人のもの…」
「そうだ、お前は、私のものだな」
「…はい…」影三はきつく眼を閉じた。「全大人……愛しています…」
 丁寧に、慎重にジョルジュが積み重ねていったものを、全満徳が破壊する。
 無残に、粉々に、跡形なく、残酷な程に。




■■




 美しい工芸品のような内線電話を受けた中国人のボディーガードは、受話器を置くと満徳の傍へ来る。
「ドクタージョルジュが来たそうです」
「…思ったより、早かったな」
 満徳は豊満な裸体を起こすと、組み敷く彼の顔を見る。
 火照る頬と色に濁るその鳶色の瞳、紅い唇から漏れる嬌声は拒絶の欠片もなく、総てを受け入れた淫靡な息遣いだ。
 バスローブを羽織、満徳はベッドから降りた。
 そして、彼にアイマスクをするように指示する。
「…な、んで…」
 色を帯びた声。だが、どこかに残る理性が、その恐怖を僅かに滲ませていた。
「ただの趣向だよ、影三」
耳元に、ゾッとするほどの甘い声で、満徳は囁いた。「マイクがお前の相手をする。いい声で鳴くんだな」
「…全…大人…!」
 頭を振る彼の頬に、白人のボディーガードのマイクが荒々しく拳をめり込ませる。
 殴打の鈍い音を聞き、マイクはにぃと笑った。
「死なない程度にな」
満徳の声に、マイクは「努力します」と、やはり笑いながら答える。
 ドアが開くと、そこには憎らしい研究医が息を切らせながら立っていた。
 満徳のバスローブを見て、彼は盛大に表情を歪める。
 それを見て、満徳は愉快そうに笑ってみせた。
「…影三は何処だ」
 ジョルジュは尋ねる。
 低く地に底から響くような声だった。この男はそんな声も出せるのかと、感心するほど。  
「早かったな、ドクタージョルジュ」
「ここは私の地元だから、幾らかのツテがあってね」
「そうか、それは迂闊だった」
「影三は何処だ」
 二度目の問い。その時だった。室内の奥にある大きく開かれたドア。
 そこから、彼の声が響いてきた。
 泣き声のような、苦しんでいるような、喘いでいるような、聞いたことのない彼の声。
「影三ッ!」
 駆け出そうとするジョルジュを、ボディガードが制止する。
「今行けば、影三は死ぬぞ」
「なに?」
「影三は死を選ぶぞ」満徳は言った。「お前にあの姿を見られたら、奴はその場で舌を噛む。まったく潔いな」
 ギリッとジョルジュは奥歯を噛み締めた。
 全身が奥底から湧き上がる怒りで、総毛立つようだった。
 ジョルジュは、ジャケットのポケットの中でそれを握り締める。
 碧眼が、暗さを増した。
 唇を噛み締め、ジョルジュは無言でそれを握り締める手をポケットから引き抜き、目の前の男に突きつける。手は、力を込めすぎているせいか、微かに震えていた。
 突きつけたのは、短銃だった。
「本気か?エドワード」
銃口を向けるジョルジュに、満徳は愉快そうに尋ねる。
「…当然だろう」ジョルジュは、答える。「貴様が生きている限り、影三は解放されない」
 それは、怒りと憎悪を含んだ声だった。
 普段の彼からは想像がつかぬほどのそれに、満徳は鼻でせせら笑う。
「私がいなくても、奴は何れ、好事家に飼われる」
「ふざけるな!!」
「お前はどうなんだ、ジョルジュ」
見透かすように、まるで、導くかのように、満徳は告げた。
「お前も、私を殺して影三を手にしたいと思っている。同じじゃないか。愛していると言葉で縛り付けて、信頼を得るお前は、実際には醜い支配者だ」
「……!」
 ぎくりと、身体が強張る。
 それは、それは、その通りだ。だが
「私は傷つけてまで、影三の身体を欲しいとは思わない」
「だが、精神は手に入れられた」満徳は言った。「実に巧妙な手口だな。絶対的な信頼を得て、影三はまるでお前を神のように慕っている。強かで、陰湿な手口だ」
「だ、黙れ!」
「私とお前は、何処が違う」


暴力と信頼。
それを使い、彼と繋がっていたいと思う根底の想いは、互いに変わらない。
満徳は、暴力で。脅迫で。支配で。強制で。
エドワードは、信頼で。告白で。親愛で。性情で。

それでも彼を自分の元に置いておきたい、独占欲は同じ。

「お前は、影三のつれ合いが死んだとき、悦びはしなかったのか。これで影三は自分のものになると。その信頼を受けて、影三が縋れるのは自分だけだ、と」
「そんな事を、思うわけがないだろう!」
「そうか?お前は嫉妬しなかったと言い切れるのか。影三の愛を一心に受ける妻とその息子に」
歪む満徳の唇に、ジョルジュは僅かに戦慄する。
まさか。この男は嫉妬したのか。
憎んだのか、彼の家族を、彼が愛を惜しみなく注いだ存在を。
「馬鹿な」そんな理由で彼からみおと黒男を奪ったというのか。「貴様は、狂ってる」
「ならば、お前も狂っているだろう?ドクタージョルジュ」
 鮮やかに、厭らしく満徳は笑った。
 

「お前と私は同類だ」


 言葉が、落ちる。重く枷の様に付き纏う。



 




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