18禁
※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を!
これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。  




(8話)




 暖房器具は暖炉だけだったが、赤々と灯るその火のせいで、屋内は温かだった。
 石油ストーブ等の類しか知らない影三には、とても新鮮な驚きだ。
 日を重ねゆくに連れて、降雪の途切れる時間がなくなってきた。
 一日に何度も、雪をかくためにジョルジュは外へ出る。
 コレを怠ると、あっという間に雪に埋もれてしまのだという。
 彼が外へ出ている間、コーヒーを煎れて待つのが、いつの間にか暗黙のルールになっていた。
 穏やかな、冬ごもりの毎日だった。







Chapter 2-瓦 解-








「…よく降るな…」
 窓から外を眺めながら、影三は呟いた。
 ふわふわの大きな雪が、後から後から降り続く。
 外では、スノーウェアを着込んだジョルジュが、本日3度目の除雪の為に、小型除雪機を作動させている。
 辺りは一面真っ白だった。
 目の前にある湖面は凍りつき、休日には近くの集落の子ども達がスケートをしに遊びに来る。
 そして、スケートの刃で切っただの、ぶつかっただので、子ども達が気楽にジョルジュの元を訪れていた。
「…私がココにいるって、誰に聞いた?」
簡単に処置をしながら子ども達にジョルジュが尋ねると、子ども達は口を揃えて
「メアリ!」と答える。「この間、レベッカが熱だしたときに言ってたよ」
「そうか」
「ねえ、ドクター、メアリに追い出されたの?」
「…人聞きの悪いことを言うなよ」
「今年は熱の出る風邪が流行っているのよ」
中学生ぐらいの、大人びた女の子が、説教をするように告げる。「メアリ一人じゃ可哀想よ。エドも早く家に帰るべきだわ!」
 おませな言葉に、ジョルジュは苦笑してはいたが、それは正論だと思う。
 家に戻るべきなのだ。街だって雪は積もっている。
 それに、ジョルジュには二人も幼子がいるのだ。
 幾らパワフルなメアリでも、大変だろう。こんな時こそ、夫であるエドワードが必要な筈だ。
「影三!」
 突然玄関が開き、雪に塗れたジョルジュが大声で呼ぶ。
「どうしたんですか?」
「郵便物だ、預かってくれ」
 外で手渡されたのか、様様な大きさの封筒を影三は渡される。
 それは雪で濡れて、冷たくなっていた。
「まだ、かかりそうですか?」
「ああ。もう一時間ほどだな」
 笑ってジョルジュは、外へといってしまった。
 閉まるドアの向こうから、エンジン音が聞こえる。小型除雪機の音だろう。
 封筒を抱えて、影三は暖炉の前に戻ってきた。
 街の自宅から転送された郵便物ばかりだったが、その中の差出人の一つをみて、手が止まる。

 ”Kgemitu Hazama”

 自分の名前だった。勿論、そんな郵便物をだした覚えはない。
 大き目のそれは、厚みもある割りに軽かった。書籍の類ではない。
 振ると、カタカタと音がする。
 何か、嫌な予感が、した。
 ジョルジュ宛のものだが、勝手に自分の名前を語られたのだ。中身を改めても構わないだろう。
 影三はゆっくりとその封筒を、開けた。
 中には、ボール紙で丁寧に梱包されたVHSテープと、剥き出しのまま詰め込まれた大量の写真だった。
 写真。
 数十枚、いや、100枚ちかくあるであろうそれを、影三は見た。
 見たことのない、部屋の写真。
 豪華なホテルの一室のようだった。大きなサイズのベッドが置かれているそこは、恐らく寝室か。
 そのベッドに拘束される人間の姿が、映し出されていた。
 そして、その人間に覆い被さる男の姿も。
「…まさか…そんな…」
 その拘束されている人間は、紛れもなく影三だった。
 そして、自分に覆い被さる人間は、この国にはいないはずの東洋人。
 急いで影三は写真に目を通す。
 それは、見るに耐えない卑猥な画像ばかりが、映し出されていた。
 こんな場所での強姦は、記憶にない。何かの間違いだ。
 そう思おいこもうとしたが、彼の優秀な頭脳があることに気づいた。
 いや、それは、ありえない。
 自分の考えを否定しながらも、影三は写真を次々と捲くっていった。
 そして、とうとう見つけ出してしまった。自分の考えを裏付ける証拠のようなものを。
「…エド…ッ!」
 写真には、殴打される男の姿があった。
 それは、それは、それは…彼の組み立てた仮説のパズルのピースが、総てそろった瞬間。
 熱発で記憶のなかった二日間。
 エドワードの顔の痣。
 節々の痛み。
 左腕にあった、まるで麻薬使用者のような注射跡。
 憔悴しきった、エドワードの表情。
 枯れていた、声。
 その事実とこの写真とを組み合わされて、できあがる事実。
 影三は梱包されたビデオテープを手にしそれをデッキへと挿入する。
 まだ、確定ではない。
 まだ、これは仮説の域を出ていない。
 半ば言い聞かせるように、影三はビデオを見詰める。そこに希望があれば、見落とすことがないように。
 だが。
『…あぅ…ん……全…大人……ッ!…早く…挿れくださ……!』
 色に乱れた自分の声が、スピーカーから響く。
 ビデオ影像は、その写真が事実であることを裏付けるものでしかなかった。
 まさか、そんな記憶にはない。
 そう思う。が、ビデオ影像にある壁の色や、天井のレリーフに、見覚えがあった。
 軋むベットの音。
 厭らしい男の息遣い。
 霞みかかった記憶の断片が、浮かんでは消える。
 だが、それで充分だった。
 熱発した日。
 エドワードはスーパーで倒れたといっていたが、本当は、恐らく満徳に連れて行かれたのだ。
 そして。
「……ウッ…!」
 影三は口元を押さえて、キッチンへと駆けた。
 胃がしゃくりあげ、嘔吐感が意識を襲う。
 シンクへ手をつくと、耐え切れず吐瀉物を吐き出した。
 何度も、何度も、胃から込み上げる不快感と共に、胃の内容物が口から吐き出される。
 最後、胃液も出てこなくなってから、やっと不快感が収まった。
 水道を捻り、水で口を洗うと、影三はシンクの掃除をはじめる。
 連れて行かれ、薬物かなんかを使用されたのだろう。
 そうでなければ、自分があんな言葉を吐くわけがない。
 体力のない今。薬物を使用しての性行為は身体にそうとうの負担だった筈だ。
 その陵辱と薬物に身体は疲弊し、あの熱が出たのだ。暫く微熱が続いたのも、その消耗した体力の為だ。
 そして、恐らく、エドワードに…見られたのだろう。
 見られてなくとも、エドはこの事を知っている。
 彼は、彼は何も言わなかった。でもあの憔悴しきった表情。
 彼を、傷つけて、しまった。

『えっと、それはキリコだよ!』

ビデオから聞こえてきた子どもの声に、影三はテレビの前に戻ってきた。
画像は、複数の子ども達の笑顔が映し出されていた。
その中央の、綺麗な顔立ちの男の子にマイクが差し出されていた。
『キリコくんが、クラスで一番頭がいいのかい?』
『うん!』
周りの子ども達が、口々に答える。
インタビュアーのような男の声に、戦慄した。
この声は、間違え様もない。満徳のボディーガードの声だった。
『だって、キリコは医者の息子だもん!』
『パパもママもドクターなんだよ!』
可愛いらしい子どもの声が、響いていた。
画面には、照れたように笑う少年の姿があった。父親に似た、灰銀の髪、母親によく似た、整った鼻梁。
それは、ジョルジュの息子の姿だった。
『じゃあ、キリコくんの大事なものってなにかな?』
『えっと…家族かな!』少年は笑って答えていた。『パパとママとユリ…あ、あとお友達も!』
『友達は家族じゃないだろ!』
 友人らしき男の子に小突かれて、そうだった、と少年は笑う。
 ああ、とても楽しそうだ。
 テレビのインタビューを装った質問が、あと2,3続いていた。
 これは、脅しだ。
 いつでも、息子を連れ去ることができるという、脅迫だろう。
 巻き込んだ。恐らく俺が、エドと彼の家族を。
 このままだと、俺の二の舞になる。
『将来は、ドクターになって、パパとママのお手伝いをしたいです』
 元気に明るく、少年は未来を語っていた。
 その未来を潰すわけにはいかない。
 きいちゃんまで、黒男のような目にあわすわけにはいかない。
 少年の輝かしい未来を、俺が壊すわけには、いかないから。


■■■


 除雪作業を終えて屋内に入ると、影三が笑顔でバスタオルをわたしてくれた。
「ご苦労様です」
「ああ、ありがとう」
 汗と雪に濡れた頭をふいて、ジョルジュはスノーウェアを脱いだ。
 温かな室内に、ほっとする。
「コーヒーはいりましたよ」
「ありがとう、影三」
 手袋や帽子を暖炉の前に並べてかけて、ジョルジュはソファーに座った。
 煎れ立てのコーヒーの匂いが、心地いい。
「いただくよ」
 カップを受け取り、口をつけて、ジョルジュは温かなそれを飲んだ。
「うまい」
「ありがとうございます」
 影三は笑って、彼の顔をのぞきこんできた。
 その仕草に、少しだけ心臓が跳ねる。
「ユリちゃんは」影三が言った。「もう、2歳になったんでしたっけ?」
「え、あ、うん。それぐらいだ」
 言葉少なめに、ジョルジュは答えた。
 娘のユリは、彼の妻子が不発弾事故にあった数ヵ月後に誕生した。
 なんとなく口にし難かった。
「会ってみたいですね」ふわりと、彼は笑って見せた。「女の子は、可愛いんでしょうね。いいなあ」
「影三、どうした?」
 その笑い方に、不安を覚えた。まるで、まるで、今にも消えてなくなりそうで。
「いえ、会ったことがないですから、会ってみたいって」
 ほら、その笑い方だ。
「影三」
彼の傍に行こうと、腰をあげようとした時だった。
身体がダルイことに気づいた。力が抜けたように、身体を動かすことが億劫だ。
そして、そのだるさに引きずられるように、眠気が意識を落とし始める。
「疲れているんですよ、ほら、エドもトシだから」
「トシって言うな、まだ30代だ」
「でも、後半でしょう」
 影三は彼の身体をソファーに横たえるように促し、身体の上に毛布をかける。
「本当に、お疲れ様です」
 そう言って立ち上がろうとする影三の手を、ジョルジュは掴んだ。
「5分だけ…だ」手を強く握り締め「5分たったら、起こして…それまで此処にいるんだ」
 強く握られた手。まるで、何かを予感しているかのように、離さない。
「…分かりました。此処にいますから」
 手を握られたまま、腰を降ろした。
 ジョルジュは、それでも不安そうな表情でこちらを見ていたが、やがてその碧眼に瞼が降りる。
 寝息が聞こえ始める。力の緩んだ手から、そっと自分の手を抜いた。
「…エド…」
 震える手で、影三はジョルジュの前髪を掻き揚げた。
 やつれたような表情。
 自分のせいで、身体的にも精神的にも苦痛を強いている。
 彼は、とても優しい人だから。
「エドワード…ごめんなさい」影三は、ささやくように、告げた。「…今まで本当にありがとうございます。
俺は、貴方がいたから、生きてこられたから…」
 そして彼の唇に、軽く、羽のように口付ける。
 それが、それが、精一杯の感謝の気持ちだった。
「さようなら」そして、嬉しそうに微笑んで「メアリさんと、きいちゃんと、ゆりちゃんと、お幸せに」
立ち上がり、影三は音を立てずに部屋を出て行った。
あと、少なくとも二時間は目が覚めないはずだ。
ただ。
ちくりと胸が痛む。ただ、最後に、彼に嘘を吐いた。




エドワード。家族で、いつまでも、お幸せに。俺が失った幸福を。




   

  
  
 





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