18禁
※性暴力描写があります。苦手な方はご注意を!
これは二次創作上の表現です。これらの行為を助長、推奨を目的にしておりませんので、ご理解の程をよろしくお願い致します。  




■0話■






 男は必死で走り抜ける。
 鼓動が胸を突き破らん程に早鐘をうち、息を吸い込む喉は血の味が。
 それでも、男は走り続ける。
 視界不良の、いやほとんど分からぬ程の暗闇。足元も覚束ないここは、深い森林だった。
 ここを、ここを抜ければ、そうすれば…!
 男が希望を考えた、その時だった。
 近い場所から聞こえた音は、恐らくジープのエンジン音。
 全身が強張った瞬間。
「…ぐわあ!」
 右膝と太ももに激痛が走る。
 それが銃弾によるものだと分かったのは、倒れて草の上に転がってからだった。
 太ももの激痛を押さえつけ、男はそれでも尚、立ち上がる。
「止まれ!」
 怒声とともに、バタバタと足音が男を取り囲んだ。
 ああ。
 男はため息をついて、目を瞑る。
 もう、駄目だ、と。
「拘束しました」
 兵士の言葉が他人事のように、男の耳に響く。
 誰かが、近づいてきたが、目を閉じているので、分からない。
 大方、この兵士の属する隊の長だろう。
 だが
「何故、逃げた」
 無機質な、それでもよく通る、若い男の声だった。
 思わず、男はその目を開け、声の主を見た。
「……!」
 想像していたのは、迷彩服のいかつい兵士。
 だが実際にいたのは、闇に映える白衣。
 何より、まだ年若く、男の息子と同じ年齢ぐらいの。
「…医者なのか…」
「そうだ」
やはり、無機質な声で答える。「何故、逃げた」
「何故…だと!」
その無機質な声と、その言葉に男の血液が熱く燃え滾り、その薄皮を破って噴出しそうだった。
「お前ら白人は」ぎらりと男は睨みつけ「この地球上で最も優秀で神に選ばれた人間だと思っている。
だがその本質は、傲慢で人間の生命をなんとも思っちゃいない!貴様のドコが医者だ!
何十人の同志を殺しやがったんだ!!」
 男の怒声を、黙って聞いていた。
 それは、まるで懺悔に耳を傾ける師父のような。もっと邪悪な者のような。
「誰を怨む」
若い医師は口を開いた。無機質な声と共に、医師は手にする短銃の銃口を、男の頭部に向ける。
「ドクタージョルジュッ!」
兵士が叫んだ。
だが、医師はそれを無視して、言葉を紡ぐ。「自分の国か、生まれ出でた血か、それとも    」
 ぱん。ぱん。
 乾いた銃声。男が絶命した音。





「殺したのか」
 兵士の報告に、上官にあたる男は、愉快そうに口を歪めた。「慈悲深いドクターだ。だが、今度からは殺さずに頼む。貴重な被験者なんだからな」
「………。」
 若い医師は答えずに、男の言葉をただ聞くだけだった。
 だが上官はそれを大して気にせず、若い医師の頬に触れる。
 その白い頬には、真っ白な包帯が巻かれていた。
 それは若い医師の、美しい片方の碧眼を痛々しく覆っている。
「ドクタージョルジュ」上官は厭らしい笑みを浮かべると、その耳元に囁いた。「あんなクズにまで憐れみの心か…美しい戦場の秘話だな。まるで神のようだ」
「………。」
 その剥き出しの耳を甘い噛みし、上官は若い医師の肌に吸い付いた。
 それでも彼は、微動だにせず、無表情のまま。





怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。 日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。悪魔にすきを与えてはなりません。 盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。 むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。 悪い言葉を一切口にしてはなりません。 ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。 神の聖霊を悲しませてはいけません。 あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。 無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。 互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。 (エフェソの信徒への手紙) -name-
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