「アホかお前は!馬鹿みたいに適当に爆破させやがって!」
「うるせえ!俺はムシャクシャしているんだ!この建物を崩壊させて、ギタギタのグチャグチャにしねえと気がすまん!」
「見当違いなところばかり爆破させやがって!もっと頭を使え!この医学馬鹿!」
「黙れと言ってるだろうが!死神に指図されるぐらいなら、舌を噛んでやるわ!」
「いっそ、噛んで一度死ね!」
「俺にむかって、なんだ、その口の聞き方は!」
「貴様こそ、何様のつもりだブラック・ジャックッ!!!!」
「死神に言われる筋合いはねえッ!!!」

 ガキのケンカを続けながら、死神と無免許医は、誰もいないラボを爆破させていたのであった。

  




■11話■
  


「つまり、こういうことだ」
 無秩序な爆発音と、それに伴う破壊音をBGMに男は、背後から大佐の体を優しく掻き抱く。
 しなやかな手が、大佐のおとがいに触れた。
 その優しげな動きに、大佐は恐怖を覚え、身動き一つとれない。
「君が昔の恋人と逢瀬を楽しんでいた間に、ラボ内の人間は、偽の非常呼集で速やかに退去していたのです。
ご丁寧に、テレックスで極秘扱い…退去方法まで事細かに記してあるから…皆はそれに従ったわけですよ。
元兵士であることが、裏目に出たようだね。実に速やかで素早い対応だった」
「だ、誰が…そんな…」
 掠れた声で、大佐は声を絞り出す。
 手がおとがいから離れると、背後から首筋を食まれる。
 まるで、吸血鬼が牙を立てて人間を襲うような仕草に、ギャと大佐は叫び声をあげていた。
「貴方の連れてきた、ドクターキリコと、ブラック・ジャックに決まっている」
 ため息混じりに、男は答えた。「年はとりたくはないね、大佐。私は君のその人事能力を買っていたというのに」
 まだ、断続的に爆破音が鳴り響く。
「実に、残念だ」
 背中に押し付けられた感触に、大佐は体を強張らせて叫ぼうとした。
 だがそれは、一つの迷いも、躊躇もない動きに遮られることとなる。
 素早く引かれた引き金によって発射された銃弾は、銃口を押し当てた背中を簡単に貫いた。
 銃声は、爆破音で、聞こえない。
「…ッ!…ミスター……ッ…」
 前のめりに倒れる大佐を見下ろし、男は容赦なく引き金を引き続けた。
 ぱん、ぱん、ぱん…乾いたその音が爆発音に混じり、時折鼓膜を震わせる。
 に繰り出される銃弾は、大佐の背中や足へと減り込んで行った。
 びくりびくりと体を引きつらせていた大佐は、銃創から血液を滴らせると、うつぶせたまま動かなかった。
「…実に、残念です、大佐」
 膝を折り、男は、最早、色を失った大佐の耳元へと囁いた。「アレをここへ連れてきたのは、私を脅迫するためだったのに…全ては水の泡となったわけですね。ですが」
言葉を一旦切り、男は愉快そうに唇を歪めた。「私はすでに貴方を見切っていましたよ。今回は、始末をつけに来たんです。
…実に残念だ、大佐…眼の付け所は、悪くはなかったのに」
 揺れる建物の壁や天井には罅が走り、コンクリートの破片がハラハラと舞い落ちてくる。
 男は立ち上がると、踵を返して部屋を出て行った。
 その後ろを、ボディーガードのような男が足早についてくる。
「ミスター」ボディーガードは言った。「会われないのですか」
「キリコにか?」男は振り向きもせずに「そうだな、ジョルジュの息子に興味はあるが…まあ、また機会があるだろうよ」
「いえ、そちらではなく」
 ボディーガードは、言葉を切り、そして尋ねる。「ご子息には、会われないのですか?」
 咎めるような口調に、男は立ち止まった。
 そして、ゆっくりと振り返った。
「黒男にか?」
答える口元と浮かべる妖艶な笑みに、何より男の鳶色の眼が鮮やかに凶器と狂気を浮かべた。
それはまるで、血を臭わせる紅色を滲ませて。
「何故だ?」それはまるで「私は、成熟していないモノに興味はないよ」
 それは、まるで、見るものの心を凍りつかせるような、綺麗でありながら、恐怖すらも覚える表情だった。








 虫の息となった大佐を発見したのは、数分後のことだった。
 何十発という銃弾は、貫通したもの、体内で止まったものなど、出鱈目に傷を作っている。
 色を失くした大佐の顔は、まるで陶磁器で作られた仮面のようであった。
 何が起きたのかは、分からない。
 だが、不測の事態となった、この失態を、スポンサーが死を持って償わせたというのなら、辻褄もあうか。
「まだ…息がある」
 呟くように確認すると、天才外科医は彼らしく、大佐の衣服を裂いた。
 傷を調べるためだろう。
 このような事態にあったとしても、命を救い出そうとするこの男の信念には感心する。
 だが。
「やめておけ」
 死神が、日本人医師の肩に手を置いた。「もう、助からねえよ」
「勝手に決め付けるな…!」
 振り向いて講義する顔面を、死神は拳で殴りつけた。
 体制を崩す体に、もう一度拳を叩きつけ、床に転がったその腹を、蹴り上げる。
 蹴られた衝動で、彼の体はゴロゴロと転がり、床の隅で止まった時には、呻き声を上げて腹を抱えたまま動くことができないようだった。
 死神は、内ポケットから皮製の細長いケースを手にした。
 その蓋を開くと、小さな注射器が収められている。
 それを取り出したとき、日本人医師が何かを喚いたが、死神は無視していた。
 死神は、大佐の顔を覗き込む。
 僅かに瞼が開き、唇が微かに震えるのを見て、死神は、注射器を彼の目の前に差し出した。
「カンタレラ」死神は、言った。「16世紀の名門家系であるボルジア家の秘毒と呼ばれたもの。チューザレ・ボルジアを傾倒していた貴方には、説明は不要かと」
 …ジョルジュ…
 微かに大佐の唇が動く。
 聞こえぬ声が、耳に届いた。
「貴方が、ルーシー・スミス少佐を…ご自分の姉を愛しておられたのは…」
 ………。
「咎められる事ではない……私を憎んでも、それは、当然の感情でしょう」
 … … …。
「それでも、私は、貴方にできる、償いは、これしか思いつかない」
 針を大佐の首筋に突き立てる。
 ぴくりと、肌が動くが、すぐに弛緩した。
「安らかに、大佐…」
 大佐の目が閉じられる。
 それは力尽きたからなのか、旅立ちを覚悟したからなのかは、分からない。
 拍動が乱れ、それでも穏やかな表情を浮かべたまま、大佐の身体機能は、一切の活動を停止させた。
 彼の戦争での英雄と称される大佐の、死であった。
「キリコ…貴様ッ!」
 悔しげに表情を歪ませるBJは、のろのろろ立ち上がると、死神の胸倉を掴み上げる。「何故殺した…!助かる命を、何故殺したッ!!」
「お前には、関係ない」
「黙れ死神ッ!貴様のしたことは、ただの人殺しだッ!!」
 叩きつける言葉に、死神の表情が一変した。
 ニヤリと、笑って見せたのだ。隻眼は鋭く尋常ではない光を孕み、その碧眼にBJは思わず息を呑む。
「そうだ、俺は人殺しだ」死神は言った。「忘れたのか?俺は、死神の化身…命を摘みとる、ヒトゴロシさ」
 死神の大きな手が、BJの細い喉を両手で締め上げる。
 容赦のない力に、胸倉を掴む手でBJは己の首を絞める手を掻き毟った。
「ッ…!…」
 唐突に、唇を重ねられる。
 貪られるという表現通りに、BJは荒々しい動きと、締め上げる頚椎の苦しさに、意識が飛びかける。
 首を絞める手が勢いよく床へと離された。
 その反動で、BJの体は床に打ち付けられた。ゴンと鈍い音を立ててBJの後頭部が床に打ち付けられる。
 うまく動かない体を起こす前に、死神の体が圧し掛かってきた。
「やめろ…キリコ…!」
 まるで機械的な動きにBJは制止の声をあげるが、死神の行為は止まることはなかった。

 爆発音と破壊音が、鳴り響く。
 それはまるで、この世の終わりのよう。








「…ありがとう…キリコ…」
 苦痛に意識を保つのさえ辛いだろう。それでもレディ・プレジデントは気丈にも微笑んでいた。
 最期の瞬間でさえも、己を保っていようという精神力だろうか。
 彼女の手をとり、最期の呼吸を見守る。
 せめて、見届けたい。せめて、看取りたかったのだ。
「…キリコ…」もう一度、彼女は名前を呼ぶ。「感謝してる…お前は…優しい医者だ…と…胸を張れば……」
「少佐…」
「良い名だな…キリコ……ドクター…キリ、コ………………」



 それが、初めて人を殺した、瞬間だった。



















神は悪いアハブにエリヤを送って、彼の罪を追及されました。 「あなたはよくも人殺しをして、取り上げたものだ。」 また神様はその罪をさばき、アハブとイゼベルに重い災いを下すと言われました。 イゼベルは悪巧みによって民の目を欺き罪を犯しました。 しかし生きておられる神様の目を欺くことはできませんでした。 神様は私たちの罪に対して必ず報いてさばかれる方です。 アハブは神様のさばきに対する御言葉を聞き、ひどく恐れ心を謙遜にしました。        ならば、私は、名前を。 家族の名を、失くそう。 貴方が呼んだ、その名を名乗り 家族との縁を切りましょう -name-
(完)2010.7.2 不良保育士K   後書きってみた