※アニメBJ21『生命の尊厳』補完駄文です。



ドクター・キリコ・ジョルジュ。
ドクターキリコ。
その名前に聞き覚えがあった。
確かにあったが、定かではない。
丸一日、この名前を調べ、白拍子は確信を得た。
そうだ、この男、確か、

死神の化身と呼ばれる、安楽死を請け負う闇医者。





生命の尊厳『死神の化身』






「ロクターれも…白衣、着るんらね」
 笑う少女の呼吸は、いつもより浅く短く、息苦しさを押さえているのがよくわかる。
「一応、医者だからな」
脈拍を測りながら、死神は答えた。
少女は、笑顔を絶やさない。
自分はもとより、担当の看護師や、ドクター・クーマにもいつでも笑顔で答える。
ナースの間ではあの天才外科医と違い、朗らかな娘ね。と評判だった。
だが、死神は気づいている。
少女は必死で『少女』であることを演技しているのだ。
明るく朗らかで、何も知らない無垢な『子ども』であることを。
彼の天才外科医と共に、死線も修羅場も掻い潜って来た少女だ。
今、敬愛する天才外科医の傍にいられない今、どんな些細なことが彼に影響を及ぼすか、分からない。
だから、少女は演技する。
彼女の持つ本能で、見た目通りの少女であることを。
聡い、と思う。
そして、この少女が最優先させることも、敬愛する天才外科医なのだ。
「…一緒に住むと、似てくるものなのかね」
「え?…何が?」
思わず口からでた独り言に、少女はキョトンとする。
血の繋がり等ないのに、彼の天才外科医と少女はよく似ている。
最優先させるのは、互いであることが。
最も、この事を告げれば、天才外科医は全力で否定するであろうが。
「ちぇんちぇいは、元気?」
日課のような言葉。死神は、ああ。と答える。
「昨晩19時に安定してから、24時間は変わりなしだ。今日のお昼頃に安静度がupするんじゃないか?」
「そ、よかったあ」
えへら。と笑う。気の抜けたような、くしゃくしゃな笑顔。
まったく。この少女は。
「お嬢ちゃんの方が重症なんだぞ。早いところ治ってもらわないと、俺がお嬢ちゃんの先生に殺されそうだ」
実際。毎日の治療経過を報告し、治療方針を決めているのも天才外科医だ。
カルテのチェックも恐ろしく厳しい。まるで学生に戻った気分だ。
「ん、がんばゆ」
少女は、また笑う。
まるで自分の病状など、大したことないように。






 朝の診察を終えて、死神は廊下へ出た。
 手には少女のカルテと、可愛いらしいピンクの封筒が一つ。
 少女が敬愛する、天才外科医宛のものだった。
それは、担当の看護師に頼み込んで持ってきてもらった、レターセット。
それを毎朝カルテと共にBJに渡すのが、キリコの日課となっていた。
可愛いらしい、ピンクの封筒。
表書きには、拙い字で『ぶらっくじゃっくせんせいへ』と書かれている。
女の子は手紙が好きだな、とキリコはらしくなく考えていた。
可愛いらしい、ピンクの封筒。
ふと、古い記憶と結びつく。
そういえば、それを定期的に貰っていた時期が、あった。
差出人は、彼の妹。
軍に入隊し訓練生の時に、自分へとよこしていた。
あれも、こんなピンクの封筒だった。
キリコが入隊したとき、妹はまだ小学生だった。
あれから家を出たままなので、妹とは8年ほどしか一緒に住んでいなかった。
それでも、彼女は、自分を兄と呼ぶ。
兄らしいことをしたこともない、自分のことを。

「ドクター・キリコ」

BJの病室に入る前に、キリコは呼び止められた。
振り向くと、そこにいたのは、白拍子ことドクター・ホワイトとか呼ばれる日本人医師だった。
スカイ・ホスピタルのオーナーであり、専属医師だという。
ブラック・ジャックにドクター・ホワイトとは、随分皮肉ったものだと、キリコは微かに、嫌味に笑った。
「なんだ」
答える。いつもの抑揚のない、機械的な声で。
僅かに顔を顰めた白拍子は、それでも高慢とも言えるような態度で言った。
「調べさせていただきましたよ、ドクター・ジョルジュ。
あなたは、あの有名な、安楽死という殺人行為を請け負っている、死神の化身ですね」
「そうだ」
なるほど、正義感溢れる医師だ。何故、BJと共にいたのかが不思議だ。
「そんな生命を軽視する人間に、病人を治療する資格などない!私が変わる!」
「悪いが」キリコは言った。「患児の保護者は、私を指名しているのでね」
「フェニックス病は未知のウィルスだ!殺人医師に何ができる!」
「じゃあ、お前さんは何ができる」
 死神の言葉に、ドクター・ホワイトは、グッと言葉に詰まり「…私は、BJと、治療法を見つけた…!」
「治療方針は、そのBJが行っている。問題ないだろう」
「BJは無免許医で、今はフェニックス病の患者だ!!」
「悪いが」
死神は、白い正義の男に近づいた。そして言う。抑揚のない機械的な声で。
「指名された側としては、第三者からの言葉で契約を取り消すことなんて出来ない。
お前さんは、先ず、その無免許医から許可を得たらどうだ。同じ日本人だろう?」
 怒りに全身を震わし、一文字に結ばれた口もワナワナと震えている。
 キリコはそんな白拍子を一瞥して、BJの病室へと入った。

「…何を騒いでいた」
心電図のモニターから目を離さず、たった今話題にあがっていた無免許天才外科医が口を開く。
死神は、別に。と皮肉に笑う。「正義の味方が現れた、だけだ」
「白拍子か」
つまらなそうに、BJは言った。
視線は相変わらず、心電図のモニターを見ている。
それはBJのものではない。別室の少女のものだった。
ヒマさえあれば、彼はそのモニターを見詰めている。
恐らく、少女が無事であるという証拠がほしいのだろう。
24時間、いつでも少女の安否がわかるものが。
「カルテ」
伸ばしてきた手にカルテをのせ、キリコは遠慮なく椅子にドカリと座り、胸ポケットから煙草を取り出す。
病室で煙草など非常識も良いところだが、そんなことは知ったことではない。
一通りカルテを眺めたBJは「おい」とキリコを見る。「いつもの」
「ああ、あれね」と、キリコ、「今日は俺宛だったから、貰った」
「…なに」
眉間に皺が寄る。思わず死神は吹き出した。
「何がおかしい」
益々機嫌が悪くなる天才外科医に、死神は「うそうそ。預かってるさ」
手渡す、ピンクの封筒。
ふざけた真似をするな、とか呟きながら、彼はその封筒を開いて中身を取り出した。
口元が、僅かに緩んでいる。
まったく。普段はポーカーフェイスの男が、こうも表情をコロコロ変えるのを目の当たりにすると、面白くてしょうがない。
あのドクター・ホワイトに見せるのは、勿体無い。
「返事ぐらい、書いたらどうだ」
毎日同じ言葉を、死神は言っている。
だが、この天才外科医は「別に、いらないだろ」と言って書こうとはしない。
まったく。
「お前の返事一つで、お嬢ちゃんの病状が改善されるかもしれないだろ」
呆れたように、死神は言った。
たった一通の手紙で、お嬢ちゃんも元気になるだろうに。
お前が、お嬢ちゃんの手紙で励まされたように。

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