君は、君が選んだ最後の人間が私で良かったのか。 ただ私には、君を抱いてやることしかでしきなかったのだが。 私は、ただの死神。 君が諦めた想い人に、似ても似つかない人種。 だから。 何度か来た事のある、裏路地のバーだった。 バーとは名ばかりで安酒だけが飲める、粗末な店だったが、 あれこれ詮索されないのが好都合だった。 ここは、そんな輩ばかりが集まる場所。 カウンターの隅で、安い酒をゆっくりと煽る。 薄暗い店内では、黒髪も金髪も分かりずらい。 寧ろ、白髪のような銀色のような色が、まるで雪原のように浮かび上がる。 それだけが、気に食わない。 「トリス」 呟くように、死神は注文を繰り返す。 随分長い時間、この場所にいたが、腰をあげる気分にはならなかった。 スーツのジャケットにおさめられている飛行機のチケットは、 随分前にただの紙切れに変わってしまった。 もうこの時間では、翌日にしか便はない。 しかし、この店で夜明かしをする気分でもなかった。 「おい!バーバラ!こっちにこい!」 カウンターから離れたボックス席の客が、下品な声をあげる。 柄の悪い連中なのは、一目瞭然だ。 連中は訛りのある英語で、店で一番年若い従業員を呼んだ。 「客が呼んでるんだぞ!おい!バーバラ!」 下品な声は、狭い店内に響き渡った。 ふと、カウンターの内側から、小さな声が聞こえる。 いない…いないと言ってよ! 怯えたような声。一番若いというよりも、 その従業員はまだ少女とも呼べるほどの年齢だろう。 やはり若いバーテンは困ったように、足元に話し掛ける。 駄目だよ…また、ダレンさんに叱られるよ。 だって、もうイヤなの!イヤなのよ! 少女は泣き声だった。 その間にも、下品な声は少女の名前を呼びつづけている。 少女が怯えたようなすすり泣く声をあげた。 そのとき。 「俺が行くよ」 カウンターの陰から、少年の声が響いた。 少女が口早に何かを言ったが、少年は、大丈夫を繰り返す。 カウンターの陰から、少年が出てきた。 その姿をみて、死神は一瞬だけ、目を見開いた。 その少年は、東洋人だった。それも、日中系の。 短髪の黒い髪。色のついた肌。白いYシャツに黒いズボン。 それは、死神が良く知る、彼の姿によく似ていた。 少年は死神の横を通り、真っ直ぐにボックス席へと向かう。 「お前を呼んでないぞ、白蘭(パイラン)」 男は、それでもニヤニヤと下品な笑いを浮かべながら、少年を眺めていた。 「バーバラは、今日来てません」 少年は、怒鳴りつづけていた男の前に膝をつき、そして「今日は、俺が代わりをします」 「は!野郎が女の代わりになるのかよ!」 その言葉とは裏腹に、男達の表情は飢えた獣のようだった。 男は少年の黒髪を掴むと「じゃあ、たっぷりとサービスしてもらおうじゃねえか。 勿論、タダだよな?」 「お好きなように」 「おい!バーテン!」 男は少年の髪の毛を掴んだまま、立ち上がって叫ぶ。「白蘭は俺らが借りるぞ! 3日は帰さねえってダレンに言っておけ!」 下卑た笑い声。されるがままに、少年は男達に連れ去られる。 震えて何も言うことができなかったバーテンは、小さく「わかりました」と告げた。 こんなことは、日常茶飯事のことなのだろう。 だが。 支払いを告げ、死神は立ち上がった。 バーテンは、我に返ったように、金を数えて、礼を告げる。 足早に、死神は店を出て、なんとなく歩みを進める。 何をしているのだろう。俺は、何をしている。 頭の片隅でそんな考えが浮かぶが、別にどうでもいいことだった。 目的の連中はすぐに見つかった。 ビルに囲まれた駐車場に、罵声と狂気な笑い声。 それは街灯に照らし出された、悪趣味なポルノ映画よりも醜悪で、現実だった。 先ほどの東洋人の少年は、下半身が丸裸の状態で、背後から大柄な男に犯されている。 その口は、別の男の性器がねじ込まれ、それでも必死で耐えている表情は、 一瞬だけ彼を思い出させた。 「…なんだ?見世物じゃねえよ」 笑いながら、一人の男がこちらに近づいてくる。 手には、ナイフ。ギラリと光る小さなそれは、威嚇用にしてはあまりにチャチだ。 「その子供、私が買う」 靴音を鳴らし、近づいた。ナイフを手にした男が「はあ?」と顔を歪める。 言うだけ、無駄か。 ナイフ男が切りかかってくるのを静かに交わし、手刀を叩き込むと、あっさりと落ちる。 見かけ倒しか、所詮。 「野郎…!」 他の連中の2、3人ほどが拳銃を構えるのが見えた。 小さく溜め息をつくと、護身用の拳銃を抜いて、躊躇わずに引き金を弾く。 乾いた銃声が鳴ったが、あたりは静かなものだった。 拳銃など、狙いを定めれば当たるもの。 軍籍時代にイヤというほど訓練したその技術は、確実に男達の手足に被弾した。 ビル風が辺りをゆらし、男達の血液臭と、死神の白銀の髪を揺らし散る。 「てめ…死にたいのか!」 「まて…あの男!」 悔しそうに顔を歪める男を制した男は、震える指でこちらを指差した。 「…白銀に…その眼帯…まさか……『死神の化身』…!」 「まさか」男達の表情に怯えが走る。「…まさか…例のボスの…!畜生!!」 散り散りに逃げ出す男達に取り残され、少年はその冷たいコンクリートの上にぐったりと 身を横たえたまま。 「大丈夫か」 抑揚のない声で、話し掛ける。 少年はゆっくりと瞳を開くと、一瞬だけ驚いたように瞳を見開いた。 だが、すぐにその瞳を細めて口を開く。 「…あんた…あんたが、死神か…?」 「そう、呼ばる事もある」 「随分…情け深いんだな…」 少年は、くっくと咽喉を鳴らして笑った。とても少年とは思えない、大人びた表情で。 「噂にはきいたことがあるよ…あの例のボスの娘を安楽死させた死神の噂……それ以来、 あんたに手出しはタブーだってな」 「……。」 少年は、駐車場の隅に放り投げられていたズボンをはき、死神を見た。 短髪の黒髪。色のついた黄色の肌。 「俺は、白蘭」少年は言った。「俺を買ってくれたんだろ?なんでもするぜ」 白蘭。女性の中国人名だ。恐らく通り名か。 死神は静かに歩き出した。 その後ろを、少年は軽い足取りで、ついてくる。 少年の片足を持ち上げて、その後孔に指を差し入れる。 すでに何度も吐精を受けたそこは、中に溜まるそれで潤い、 指で掻き乱せばぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てる。 「…あ…ああ…!」 シーツに爪を立て、少年は声をあげた。 彼の性器はすぐに勃ちあがり、身体を弓なりに反らせて可愛いらしい声をあげる。 もう、何度目だろう。 適当に入った安ホテルの一室は、汗と精液の臭いで充満してるようだった。 自分でもおかしなぐらいに、少年を犯していた。 恐らくそういう商売もしているのだろう。 彼の後孔はすぐに柔らかく馴染み、男の性器を飲み込んで絡みつく。 黒い髪が激しく揺さぶられ、その少年の色のついた肌は赤く色づいた。 「…いい…気持ち…いい…!!」 激しく突かれ、少年は何度目かの射精をする。 「うああ!」 叫ぶと同時に、後孔が激しくしまり、貫く性器を締め上げて、 死神も少年の中に精を吐き捨てた。 ずるりと引き抜くと、後孔からは納まりきならない精液が、静かに垂れている。 「も…駄目…休ませて…」 少年はぐったりとシーツへと沈む。 その黒い髪に、死神は触れた。 よく、似ていると思う。きっと彼が少年だった頃は、こんな感じだったのではないか、と。 「…何…?」 笑顔で、少年はこちらを向いた。それは驚くほど、幸福そうな笑顔。 無言で彼の首筋に唇を寄せた。 「あ、ちょっと待って…あ!」 切ない声を少年はあげる。 おかしなほど、彼を犯す自分がいた。 いや、本当は分かっている。 誰をみている。この少年に、誰を重ねている。 末期だな。そう、思うと妙におかしかった。 自分は彼にこんなにも執着していたのか。自分は、彼をこんなにも滅茶苦茶に 犯したかったのか。 随分身勝手で、儚い願い事。 彼を自分の手元に置いて、そしてこんな風に何度も抱いて、閉じ込めておきたかったのか。 いっそ、彼がこんな少年であったなら。 「あ…ああ!もう…ダメだ…!!」 何度も、何度も、何度も。 少年を犯して、少年の喘ぎ声を聞き、その精を吐く瞬間を焼き付け、閉じ込めたいと思う。 だが、本当にしたいのは、この少年で はない。 末期だ。こんな愚かな妄想に憑り付かれていたなんて。 何度目かの性行為のあとに、ふと気づいた。 少年の瞳にうつる、何かを。 いや、物理的になにかがうつっているわけではない。 だが、彼の瞳は自分をうつしていないことに気づく。 ああ、そうか。 彼を助けたときの表情を思い出す。 彼も誰かと重ね合わせているのか。彼も誰かを思い出しているのか。 何度も、何度も、何度も。 身体を重ねながらも、互いの中に違う相手を見ている。 なんて、不毛なセックスなのだ。 「……いい…いいよ……!……せん‥せ…!」 途切れ途切れのの声。最後に少年はそう、呟いた。 次頁