朦朧とした意識。ただ、息苦しかった。 生臭い圧倒的なモノが、口腔内を圧迫している。 それを吐き出すことは許されない。 そう、ドコかで命令されていた。 痺れる思考。 どろどろに腐りきった汚水が脳内を満たし、腐臭は自分自身から発せられている。 急に、霧が晴れるように、目の前がクリアになった。 それは、急に幕が開いたかのような。 それは、突然、ライムライトを当てられたかのような。 「…!……!!」 瞳に灯る正気。 同時に理解する自分が置かれている状況。 叫びだそうとする彼の黒い髪を、ボディーガードが押さえ付ける。 もとより、彼はその屈強な男に身体を押さえつけられていた。 身動き一つできない。 ただ、口に押し込まれているモノを、口腔内で愛撫するしか。 「…可哀想になあ…間くん…」 哀れみのような、声。それでも彼の口を使用しての奉仕に恍惚となりながら、 「…いっそ、狂ってしまえれば、君も楽だろうに…ああ、でも… 分かるような気がするよ…全満徳が君に執着するのも…」 優しく男は、彼の頬を撫でた。 そして、がくがくと勢いよく彼の口腔内を突き上げる。 放たれる吐精を、嚥下しきれずに咳き込んだ。 どろりと、その赤い口から零れる、白濁の液体。 それでも、正気を失わない瞳は、強い意思を持ったまま煌いている。 折れないその精神力に、ぞくぞくした。 「…ドクター…シュタイン…」 呻くように、彼は男の名前を唱える。「……俺は…」 「ああ、もういい。離してあげたまえ」 手早く自分の身なりを整えると、シュタインは命令する。 ボディーガードは、彼を押さえつける手を離した。 がくりと膝をつき床に手をついて、はあはあと荒い息を繰り返す。 「今日は、もういい。明日に差し支えるだろう?」 その言葉に、ボディガードが彼の肩に手を触れ、その体液で異臭のする Yシャツを脱がそうとしたが、その手を振り払った。 「…それぐらい、自分でできる…!」 重い身体を引きずるように、彼はその部屋を出て行った。 その後を、ボディーガードがついて行く。 彼は、常に監視されていた。 一度。たった一度、彼はこの組織を抜け出した経緯がある。 そして、数年経った今、彼は再びこの組織に連れ戻された。 愛する妻を殺されて。 『殺された』と言えば、語弊はあるが、だが、意図的に仕組まれた爆破事故によって、 彼の、彼が愛した女性は生命を落としたのだ。 そして今残るのは、彼の一人息子だけ。 確かに、彼は天才だ。彼の頭脳がなければ、この組織もここまでの規模にも 技術力を得ることはできなかっただろう。 だが何故、身内を殺してまで、彼を引き戻さなければならなかったのか。 そして、何故彼にこんな仕打ちをしてするのか。 総てはこのプロジェクトを統括している、全満徳の命令だった。 ドクター・シュタインは、人工臓器における彼のパートナーだった。 このプロジェクトが発足した当初、間 影三をメンバーに加えてほしいと 言ったのは、シュタインだった。 彼の名前はよく知っていた。 完全埋め込み型、全機能代行型の人工心臓の開発。 その夢物語のような装置は、彼が院生時代からの研究テーマだった。 最初は誰もが一笑に付していた。 何より、彼が日本人であったことが、最大の原因とも言えよう。 黄色いサルに、ジャップにそんな大それたことが出来るはずがない、と。 だが、彼が最初に応募し、そして無視された論文は、実に画期的だった。 それを見出したのが、シュタインだった。 彼は、あらゆる工科大学の研究室に出向き、その駆動系システムから、 エネルギー供給システムまで、その工学的知識までも総て把握していたのだ。 医師というよりも、最早、技術士と呼んでも相違ないぐらいの知識と技術を彼は持っていた。 正に、未曾有の天才とは彼のことをいうのだろう。 確かにこの組織に彼は必要だ。 プロジェクト凍結後、組織化したここは、スポンサーである全満徳の言いなりではあった。 とはいえ、全満徳はそんな無茶な要求などはしない。 ただ、その組織の非合法な部分に目を瞑り、ほんのちょっと手を貸せば、 最高の研究設備を、そしてその場を与えてくれるのだ。 研究医として、願ってもない破格の優遇。 そう、それは全満徳に付き従っていれば、だ。 何故、彼は間 影三にここまで執着するのか。 天才だから?いや、それだけならば、ここまで追い詰める必要などない。 身内を見せしめに傷つけてまで。 愛する者を間接的に殺すまで。 行き場を失くし、袋小路に追い詰めて、今度は彼に加える凄惨な強姦。 精神を縛りつけた挙句、肉体的にも刻みこみ、堕とし、支配する。 何故、そこまで。 だがなんとなく、分かるような気がしてきた。 シュタインが初めて彼に手を下したのは、全満徳からの命令だった。 最初は、さすがに驚き、そして断ろうともした。 だが。 指定された部屋にいた彼は、明らかに薬物を使用された痕跡があった。 焦点の合わない瞳。 痴呆のような、緩んだ表情。 男に後ろ手に拘束されながら、彼はうっとりとした表情で、男の性器を 口に含み、しゃぶっていた。 これが、あの、間 影三なのか。 身震いがした。何故、彼をここまで貶める必要があるのか。 「さあ、欲しいか、影三」 口から性器を抜き話しかけるのは、全満徳だった。「そろそろ切れる時間だ…見ものだよ、 ドクター・シュタイン」 「………。」 掠れた声で、彼は何かを言った。 それを聞き全満徳は、満足したかのような表情を浮かべ「いい子だ、影三」 全満徳の手が、彼の下半身に伸びる。 ズボンの上からでも分かるぐらいに形を成した性器を、掴んだ。 「あっ…あああ!」 身体を弓なりに反らせ、彼は触れられただけで絶頂に達した。 その声と、その表情が忘れられない。 達した彼は呆然と、シュタインを見た。 いつの間にか、その瞳には正気が戻っている。 いや、正気と共に羞恥と快楽と絶望と。 彼のあの声が、表情が、シュタインを狂わせた。 そして、あの正気に戻る瞬間が。 常習性を持たない催淫剤だった。 それ故に、効果は持続せず、ほんの数十分で利きめは切れる。 彼の天才と呼ばれる頭脳が薬物で汚染されないように、との配慮だろうが 全満徳は、意図的にそれを使用していたのだろう。 行為の最中に、正気に戻る瞬間を、その絶望的な表情を味わう為に。 そして、シュタインもその甘い罠におちた。 今でも彼を犯す時、罪悪感がよぎる。 だがそれを凌駕する程の、彼の痴態が、感覚を麻痺させるのだ。 次頁